第五話 長兄、次兄の帰還
アビスの指示に従って堀を作り始めて、もう4ヶ月を過ぎようとしている。俺としては良いのではないかと思うのだがアビスが満足するのかどうかはまた別の話だ。
作り始めていた頃は農家の人も護衛隊の人も掘りが中々進まないので陰で馬鹿にしていたそうだが、次第にどうして進まないのか理由が分かり絶えず魔法を唱え続けている異常さに驚いている。ただ掘ったり埋めたりしている事は不思議がっているようだ。
初めの頃に比べて【ムーブ】の魔法は完成する速度も精密さも格段に成長してはいるのだが一度に移動できる範囲は全く変わらないのはこれが初級魔法であるゆえんだろう。
それは堀の中で練習している【ファイア】の魔法にも当てはまり、狙った場所に出せるようにはなったけどその大きさは変化しないし強烈な温度になっているのかと言えばそのようには見えない。
アビスは堀の作成を通して俺が使える初級魔法を全て練習させていた。
『ボーっとしているんじゃない。ちゃんと作らないとまたやり直しさせるからな』
『見てみなよ、精度は落ちていないって』
『まぁそうだな、だったらこの堀はそろそろ完成させてもいいな』
『だけど、明日からは少しの間これが出来ないんだよな』
魔法の威力は弱くともいくらでも出せるので面白くなってきたのだが、明日からは此方にこれないかも知れない。何故なら上等学校に行っている兄達が長期休暇を利用してこの街に戻って来るからだ。
いよいよご対面か、だけどユリウスの記憶だと長兄が厄介なんだよな、大人の俺にならユリアスを可愛がっているのは分かるんだけど不器用すぎるんだよ、だから嫌われるんだ。まぁ俺だから多少は相手してやってもいいけどな。
◇◇◇
「貴様、もう一度言ってみやがれ、領主になるつもりはないなどよくそんな事を儂の前で言えるな」
「オヤジの前でなくて誰の前で言えば良いんだよ、別に俺じゃ無くてもいいだろ、マティアスもいるしユリアスだっているんだぜ」
「貴方が長兄なのですよ、そんな我儘は通用しません」
長兄であるアーロンと次兄のマティアスが帰って来た途端にこんな事になってしまった。両親とアーロンの口論が続いているのだが後から食堂に入った俺には理由が分からないのでマティアスに近づいてそっと尋ねる。
「アニキ、どうしてこうなったんだ」
「んっ何だねその言い方は、君は平民と一緒にいるせいかおかしな方向に成長したのかな」
忘れていたが次兄は少し嫌見のある男だった。昔にユリアスが使っていた口調にしないといけない。
「申し訳ありませんお兄様。つい口に出してしまいました。それよりこの状況はどうされたのですか」
「言葉の通りなのだがこればかりは兄の勝ちだな、だから兄はこの街の領主にはならないぞ、それにこの私もこんな田舎で領主などやるつもりはない。だからな私は絶対にお前を領主にさせるつもりだからいい加減そんな生活は止め給え」
本来ならば三男なのに領主の道が見えたのだから喜んでいいのかも知れないが、俺には恐怖で背筋が冷たくなってきた。元の世界でずっと会社に縛られていたようにこの世界ではこの街に縛られるのかも知れない。
そんな俺の気持ちとは裏腹にアーロンは気持ちよさそうに話始めた。
「良く聞いてくれよ学校が始まって以来の事だってさ、何せ武術大会で完全優勝したんだからな、そしたら見学に来られていた国王様が喜んでさ、正式発表はこれからだけど卒業したら上級騎士の近衛兵になる事が決まったんだぜ、それなのにどうやって断れば良いんだよ、それにあいつらの家に払った金は今後は返さなくてもいいし逆に貰えるんだ。まだあるぞ、国王様から報奨金も出るんだってよ、そこまで言われたのに領主を目指すから近衛兵にはなれませんて言えるのかい?もし言ったらこの国に居られなくなるんじゃないか、あっそうそう忘れていたけど俺は新たな家名を貰って男爵になるんだってさ」
「くっこの馬鹿息子が…………いや、孝行息子なのか」
アーロンが言う武術大会とは王都の上等学校や他の上等学校の代表が集まる大会で剣・槍・素手・ペア・グループ・魔法と別れて模擬戦闘が行われる。アーロンはその全てに参加し全てをぶっちぎりで優勝を果たした。
『もしかして君の兄は転移者なのか?いくらな何でも出来すぎやしないか』
『どうだろうな、上手く能力を選んだにしてもそんな事が出来るのかな、もしかして全てが上手くいけば可能なのか』
『だがな確証を得るまでは余計な事を言うなよ、死ぬ羽目になるからな』
『あぁ分かっているさ』
後で探りを入れてみるかな……いや、面倒に巻き込まれたくはないな。
「…………って、聞いているのかユリアス、お前に聞いているんだよ」
いつの間にかアーロンが俺に話し掛けていた。
「あっすみません、お兄様」
「あぁん、お兄様だと、いいか俺の事はお兄ちゃんと呼べって言ってあるよな、忘れるなよ」
面倒な兄弟がここにいた。なんで呼び方を統一してくれないのか。
「ゴメンお兄ちゃん、それで何かな」
「国王様に話したらよ、試験は受けなくていいから俺達と同じ学校に入れってよ」
いきなりの展開に驚いて両親の方を見るが、彼等は俺の事よりも違う事に頭を奪われているようだ。
可哀そうなユリアスよ、お前の両親はそれどころじゃないってよ。まぁ今は俺の両親なんだけどな。
『どうするんだ。面白そうじゃないか』
『そうかな』
元ユリアスには出来なかったが、今の俺は真っすぐアーロンの目を見て答えた。
「俺は通いませんよ、それに平民になっても良いと思っています」
そこまではっきりと言ったのだからこれでこの話は終わりになって欲しかったが、そう都合よくはいかない。
両親はマティアスがいるので俺の事はどうでもいいらしいし、アーロンは面白がってくれたがマティアスだけは許してくれなかった。あれから睡眠とトイレ以外はずっと俺の側にいてずっと説教をしてくるので頭が痛くなってきた。
『煩わしいな、学校に行くと言えば良いじゃないか』
『あのね、俺は本当の家族じゃないんだから離れた方が良いんだよ』
俺の家族はもう会えない場所にいる。