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第四話 アビスのブラック企業

 その魔獣はリーフボアと言い、俺の方を見ながら鼻息を荒くしている。


『早くしたらどうだ、エサになりたいのかね』

「そんな訳ないだろ、いけっムーブ」


 手を前に出して狙いを定めリーフボアを穴の中に落としてやろうとしたが、実際はただゆっくりと前足が下がって行っただけで何の効果も無く向かってくる。


『何がしたいんだね、意味が無いだろうが』

「んな事言ったってさ、だったらファイアだ」


 リーフボアを狙ったつもりなのだが、ただ目の前に小さな火の塊が浮かんだだけだった。


 もう駄目なのか。


「お坊ちゃんに何をするんだ~」


 フリオ達の声が聞こえると彼等は大きな音を出しながら棒を振り回している。するとその行為が煩わしかったのかリーフボアは踵を返して森の中に消えて行った。


『君は何がしたいんだ』

『初めてだから驚いたんだよ、それより何で助けようとしないかな』

『危なくなったら君を柵の中に投げ込むに決まっているだろ。死なれたら迷惑なんだからな……それにしても土壇場でもこれだとはな』


 アビスの文句を聞いている内に焦った表情のフリオ達が来てくれた。


「怪我はないだろうね、すまねぇな、おいらたちがあいつをこっちにやってしまったのかもな」


 フリオは心配してくれているがルイスは少し怒っているようだ。


「ただな坊ちゃんも悪いんだぞ、危ないんだから柵の中に居てくれよな」

「確かにそうだな、奴は柵と飛び越えたりしないんだから坊ちゃんは出ちゃいけなかったんだ」


 飛び越えられないだと、だとしても壊せるんじゃないのか。


「あの巨体なら柵を壊すんじゃないか」

「あぁ見えて柵は意外に頑丈だから1頭如きでは壊せないのさ、まぁ群れだったら壊すかもしれないけどな」


 だったらもっと人数を集めて一気に柵を直した方が良いと思ったがその意見は却下されてしまった。今の時期は収穫の時期となっているし木材を取りに行く人が回せないそうだ。

 

 何で収穫の時期の前にやらなかったんだど思ってしまうし護衛よりも木材確保に重点を置いた方が良いよ思うが、今それを言っても雰囲気を悪くするだけだ。


 少しだけ話した後で再びフリオ達は森の中に戻って行き、この辺りには誰もいなくなった。


『ユリウスよ、使える魔法を全て見せてくれ』

『良いけど、期待するなよ』


 頭の中に入っている魔法を全て見せ終わったがアビスは暫く何も言ってこない。このまま立っていると誰かに見られたらサボっている風に見えてしまうので再び縄の確認をし始めようとすると背後からアビスが話し掛けてくる。


『ムーブをまたやって見せろ』

「はいよ、ムーブね」


 柵の外を目掛けて【ムーブ】をやってみるとその場所がゆっくりと下がって行く。


『随分と遅いな、それにただ地面を下げただけじゃないか、それに周りも固めるようにしなさい』

『どうかな、そんな事が出来るんだっけ』


 今度は掘り下げた場所の周りを意識しながらやってみる。完成された瞬間にアビスはその穴の中で姿を現して壁や地面を叩いたり踏みつけたりしている。


『一度言っただけでここまで出来るとはな、これならいけるんじゃないか』

『何がだい』


『あれはジャンプ力が無いからな、柵に近づけないように堀をつくるんだ』

『何を言っているんだよ、よく見てから言えよこの街の畑は広いんだぜ、簡単にできる訳ないじゃないか』

『どれぐらい時間が掛かろうが私は構わん。君がこの世界で長く生きたいのだったら指示に従った方が良いと思うがね』


 元魔王にそれを言われてしまうと反論する事が出来ず、駄目元でヤプールにその事を相談する事にした。


 探し回ってようやく見つけたヤプールに【ムーブ】の魔法を見せて堀を作ってみたいと言うと何故か目を細めながら凄く助かると喜んでくれた。


(馬鹿な事をいう坊ちゃんだな、そんな魔法で出来る訳ないだろうが、1日でどれぐらい進むと思っているのかね、まぁ遊ばせていれば危ない目に合う事は無いだろうから余計な心配をしなくていいか、直ぐに諦めるだろうけどな)



 ◇◇◇



「それではやってみるか、ムーブ」


 ゆっくりと1m四方の地面が下がって行く。


『やり直しだな、ちゃんと意識して周りを固めないと駄目だろうが』

『そうなると一度元に戻さないと駄目なんだけど』

『だったら戻せば良いじゃないか』


 アビスが1つ出来る度にチェックをするので夕方までに出来たのは10mの溝だけだった。思った以上の遅さに呆れていると森から戻って来たフリオ達が寄って来た。


「坊ちゃん凄いじゃないかこれは魔法の力で作ったんだろ」

「驚いたな、中々頑丈な堀を作っているんだな」


 俺が貴族で領主の息子だから褒めているんだろう。


 夜間は兵士が畑の見回りをやってくれるので護衛隊の勤務はこれで終了となった。


 翌日からもアビスと共に堀造りをしているのだが、日に日にアビスの注文は厳しくなりただちゃんと固まるだけでは無くて掘り下げた部分や壁には凹凸が無いように何度も作り直させられているので2週間過ぎてもまだ100mも進んでいない。


 たまにヤプールが様子を見に来るが出来てもまた埋めたりしているので不思議そうな顔をしているがあえて俺には何も言ってこなかった。


 ただ農家の人はどうしても気になったようで埋め直している時に一人の男が話し掛けて来た。


「あの、ずっと気になっているんだけど、何で先に進めないんだい」

「何て言うのか、ちょとね」


 俺だって同じ気持ちだがアビスがOKを出してくれないだけだ。本当だったら文句を言うべきなのだろうがこの事に関しては上司の様な存在にアビスはなっているので黙って指示に従うしかない。昔の癖はそう簡単に抜けたりはしない。


 情けないけど元の世界で染みついた事だからな。


 最初の頃は【ムーブ】を一度唱えるとそれが終わるまでは次の【ムーブ】は発動しなかったが、3ヶ月を過ぎると2つまでは同時に出せるようになったし、穴を掘る速度もかなり早くなってきた。


 これまでどんなに唱えても魔力切れをする事は無いので1日でかなりの距離を稼ぐことが出来ている。だが完成を目前にしてアビスが非情な事を言ってくる。


『大分早くなったし精度も良いんだが、これだと出だしの頃とバランスが悪いな』

『そりゃそうだろ、今の方が慣れてきたんだからな』

『そうなると美しくないよな』


『…………えっ、まさか』

『そうだ、最初からやり直してみようか、それに今度は穴の形も変えてみようか』


『…………分かったよ』


 心の中ではアビスを罵倒しているがこちから出た言葉はそれだった。ユリアスは文句の言えない自分に腹が立っているが、鴻上明だった時はどんなに理不尽な仕事を押し付けられても文句を心の中に思い浮かべる事も最後には無かった。

 



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