第十九話 問題の行先
アーロンが俺を抱えて走り出し、マティアスは落ちていた右手を持ってその後を付いて来る。
「この時間に治療室に誰かいるのか」
「どうですかね、でもそれしかないですから先ずは急ぎましょう、ユリアスの顔色がどんどん悪くなっています」
そのマティアスの言葉でアーロンは更に加速した。
『何をしている早くアニマを唱えなさい』
『アニマかよ』
どんどん力が抜けて行くので【アニマ】など意味がある訳がない。
『いいから連続で唱えるんだ。君なら出来るだろ』
「アニマ、アニマ、アニマ…………」
「おいっマティアス、ユリアスが何かうなされているぞ」
「まだ意識がある証拠じゃないですか、ユリアス、そのまま何か話しているんだよ」
初めは意味のない魔法だと思っていたが何回目かの【アニマ】を唱えていると身体に力が戻って来たし意識もはっきりしてきたように思える。
「クソっ何だよ誰もいないのか、探してくるから此処で待っていろ、いいか死ぬんじゃないぞ」
治療室に入ったアーロンは俺をベッドに寝かせると直ぐに飛び出して行く、マティアスは綺麗な布を引き出しから取り出して俺の右肩を縛り始めた。
「これしか出来ないか……あれっ顔色が戻っていないか、おいっ答えられるか」
「はい、少し楽になって来ました」
「どうしてだ?何もしていないだろ」
「ただ【アニマ】を唱えていただけなんですけど」
「それだけ、まぁいい、だったら私も探しに行くから大人しくしているんだよ」
マティアスは俺の近くに右手を置くとアーロンと同じように出て行ってしまった。
『なぁこれはどうなっているんだ?【アニマ】って寝る前に唱えるとぐっすり眠れる魔法じゃないのか』
『それだけの訳無いだろ。ほんの少しだけ体力を回復するんだ。今は怪我による消耗より回復が上回っただけだからもっと唱え続けなさい』
『このまま治るのか』
『そこまでの魔法じゃないさ、かなり魔力は消費するが君なら大丈夫だろうな』
唱えながら【アニマ】の魔法の事を考える。
『あのさ、だったらもっと早く教えてくれよな、これって結構有能な魔法じゃないのか』
『気が付かない君が馬鹿なんだ』
このまま完全に回復してくれたらいいのだがそこまでの力はないようで唱え続けないと直ぐに体調が悪くなる。
例の件で全ての教師が職員室に集まっていたおかげで直ぐに俺の右腕は元通りになり、その原因となったアーロンは教師たちからかなり絞られる羽目になった。
部屋に戻るとディルクが寝室にいる気配はするが、いつもと違ってその扉は固く閉ざされている様で出てくることは無い。
◇◇◇
朝になるが俺は寝室から出ないでディルクが部屋を出て行くのをじっと待っている。少しすると部屋の扉がそっと閉まる音が聞こえて来た。
『出て行ったようだが一緒に行動しなくて良いのかね』
『今はこれぐらいの距離があった方が良いんだよ』
昨日の事で俺自身にも何かがあるかも知れないのでディルクと少し距離をとった方が彼の為に良いと思う。
今度は俺に対する無視が始めるのかも知れないが、たかがガキが俺を無視した程度では何のダメージにもならない。直接に何かされる前にせめて身を守れるぐらいにはしておかないといけないのだが。
食堂には寄らないで授業の開始時間ギリギリに教室に入って行くと葬式の最中かと思えるぐらいに静まり返っている。
直ぐにセリリア先生が入って来たがその後ろにはラウレンス学長と憔悴しているイサベルが一緒の中に入って来た。
壇上の中心に立った学長は一人一人を見渡すようにしてからゆっくりと話始める。
「諸君お早う、もう分っていると思うが……」
学長の話は回りくどくてそして長い話になってしまったが、要約するとごく簡単な事だ。
一つ目は獣人族に対する差別は決してしてはいけないと言う事で、今後は【亜人】と呼んだものは即刻停学となる。この学校での停学はかなり重要で一度でも受けてしまった者は上級騎士は当たり前だが、普通の騎士にすらなれない可能性がある。
二つ目は実家の爵位で優劣を決めてはいけないと言う事でこの事を軽く考えてはいけないし、もし軽んじるのであれば実家にも影響が出てしまうと睨みつけながら言ったで誰もが唾を飲み込んだ。
学長が話したのはそれだけでエリサに対する事には触れていないが、二つ目の話をわざわざしたという事は態度を改めなければ大変な事になるだろう。
「このクラスの者達は上級騎士を目指しているんだよね、いいかい騎士としてあるまじき行為をする者は資格がない物と思って直ぐに退学処分にするから覚えておくようにするんだよ」
学長の言葉を誰もが噛みしめているのだがアビスにはあまり理解出来ていないようだ。
『それで解決したのか』
『だろうね、くだらない無視は騎士失格だから退学になるんだ』
『そうか、だとするともう訓練の必要は無くなるんだな』
『そんな訳ないだろ、そんな単純じゃないのさ』
さてこれから俺の方にくるんだろうな。
学長はイサベルに視線を送ると直ぐにイサベルはエリサの前にやって来た。
「エリサさん、あの時は私の間違いを正して下さったのに失礼な態度をしてしまい申し訳ございませんでした。それに誤解があったようで随分と嫌な思いをさせてしまったようで重ね重ね謝罪を致します」
イサベルが深く頭を下げながら言ったので教室の中が少しどよめいた。ただエリサは笑顔を見せてイサベルの肩に手を置き優しく声を掛ける。
「頭を上げて下さい。私は何も気にしてないのでこれからも仲良く致しましょう」
二人の対応をちゃんと見届けた学長は一度頷いて納得したような表情を見せてから教室を出て行った。
『これは一体何を見せられているのかね、それに誤解とは何の事だ?意味が分からんぞ』
『イサベルには侯爵家としてのプライドがあるからああ言った言い方しか出来ないんだ。もしエリサが受け入れなかったら駄目だったけど受け入れた事でイサベラは借りだと感じているだろうな』
『何だか良く分からんが面倒な生き物だな、これだから人間は好きになれないんだ』
『俺も人間だぞ、それにこんなに面倒なのは貴族の世界だけだよ、まぁこれでエリサの問題は解決してくれそうだな』
直ぐに完全な元通りと言う訳にはいかなかったが、その日からイサベルがわざとエリサに優しく話し掛けるようになったので周りも徐々に話し掛けるようになってきた。
さて俺の仕事は終わりかな、だが今度は俺自身か。
俺に対しては誰もがよそよそしくなり、ディルク達もどうしたら良いのか分からずに俺と距離をとっている。
この世界でもチクり野郎は嫌われるんだよな。




