第八話 運命的な再会
「四葉 葵、お前なら俺様に相応しい。特別に対等に付き合ってやるぞ」
「あら……? どちらさまでしたかしら?」
「くっ……相変わらずわざとらしい奴め。武富京吾だ。武富グループの御曹司のな!!」
四葉さんに言っているというよりも、僕たち他のクラスメイトに対して自己紹介、というか自己アピールしているようだ。
「ああ、思い出しましたわ。よろしくお願いします、武富さま」
あの京吾って、金融大手武富グループの御曹司だったのか。やっぱり特別クラスは凄い人が多いんだな。
「ふん……まあいい。俺はこの学校でナンバーワンになる男だ。ゆくゆくは日本一、いや世界一の男になる。お前ほど聡明な女なら理解しているとは思うが、誰に付くか見誤るなよ」
自信満々に言い切る京吾くん。
「御忠告ありがとうございます。向上心があるのは素晴らしいことですね」
あまり感情が動かされた風でもなく四葉さんは自分の席についた。
それにしてもあの京吾くんの自信は一体どこからくるんだろう? 世界一の男か……色々すごい。
憧れはしないけど、自信の欠片もない僕は少しぐらい見習った方が良いのかもしれない。
「お、おい……なんだあの子、あり得ないだろ……」
「うおっ!? 女神や……女神がおる……」
再びクラス中が騒がしくなり、視線が教室の入口へと集中する。
その視線の先に居るのは……四葉さんの後から入ってきた女の子。
銀色の髪にアメジストのような瞳。異世界からやってきたような次元の違う空気を纏っている。
「ひええ!? 四葉さんもすごかったけど、あの子はちょっと普通じゃないな」
戻ってきた那須野さんも口をあんぐり開けて驚いている。
僕も正直驚いている。
でも多分他の皆と違う理由で。
「久しぶりだね創くん、逢いたかったよ」
クラスメイトをかき分けて僕の前に立つ銀髪の美少女。
「運命……さん?」
髪型とか変わっているけど間違いない。
「ふふ、覚えていてくれたんだ? 嬉しいな」
溢れんばかりの笑顔の花が咲いて、近くにいた生徒が何人も意識を失って倒れてゆく。
忘れるはずがない。ずっと気になっていたから。また会いたいとも思っていたから。
十年前と変わらない運命さんは少し小さくなったような気がする。いや違うか、僕が大きくなってしまったんだよね。
「あの……恥ずかしいんですけど」
「え~? 別に良いじゃない。久しぶりに創くん成分を補給しているんだから」
いつの間にか運命さんにぎゅっと抱きしめられて、嬉しいんだけど少し恥ずかしい。
「お、おい、夢神、いきなり何してんだよ!?」
激しく動揺する那須野さん。
いや、クラス中が大騒ぎしている。
「ふ、騒ぐな小市民ども。海外じゃハグは当たり前の挨拶だ。美しいお嬢さん、俺はいずれ世界一になる男、武富京吾です」
両手を広げてハグする気満々の京吾くん。
「んん? ああ、よろしくね~。ちなみに私は日本人だからハグしないけどね」
「え? だって、そいつとはしているじゃないか……?」
「創くんは特別だから良いの!! ほら、先生来たよ」
運命さんは適当に京吾をあしらって、僕の隣の席に座った。
腕を組んでくっついたままだけど良いのかな?
「ようこそ特別クラスへ。私が担任の黒崎だ。最初に言っておくが、このクラスにおいて特別扱いは一切無しだ。一人前の忍になれるように徹底的に鍛え上げるから覚悟しておけよ」
クラス中が興奮しているのがわかる。いや……どちらかと言えば畏怖していると言った方が正確かもしれない。
まさか担任の先生があの『死神』、敵には死を、味方には鉄拳制裁を――――
誰もが知っている現役最強忍の一角である黒崎零だなんて思わないよね……。
っていうか、そんなすごい人が先生なんてしていて良いのだろうか?
「はい、創くんあーん」
そんな中、周囲を気にする様子もなく、堂々と手作り弁当をあーんしてくる運命さん。
「あの……運命さん、今授業中だよ……」
「気にしないで良いのよ。どうせ授業は明日からだし、今日は挨拶だけなんだから」
気にしなくて良いと言われても気になるんですが……ほら、先生がプルプルしているじゃないですか。
「夢神、良いから気にせず食べろ。せっかくの手作り弁当なんだし無駄にしたらもったいない」
え? 良いの? じゃあ先生のお言葉に甘えて。
「あーん、うん、美味しいです、運命さん」
「本当!! 良かった~。早起きして頑張った甲斐があったわ」
プルプルしている黒崎先生とクラス中からのジト目を浴びながら、僕はお弁当を完食した。
「運命さま、勘弁してくださいよ……」
授業の後、教員室で黒崎先生が運命さんに泣きついている。
「私のことは居ないものと思って好きにして良いのよ、零」
「はあ……まあそういうことならそうしますけど……」
諦め顔でため息をつくと、ちらりと僕の方を見る黒崎先生。
「ところでこの子が例の?」
「そうよ。可愛いでしょう?」
「か、かわいいって、たしかに……って、そうじゃなくて、本当なんですか?」
運命さんと黒崎先生の会話がまったく意味不明だ。
「気になるなら確認してみたら?」
「うーん……とても信じられないんですが。夢神、悪いんだけど私と握手してくれないか?」
「握手ですか? いいですよ」
先生が差し出してきた手を掴むと握り返してきた。
黒崎先生の手は最強の忍とは思えないほど柔らかくて小さい。それになんだかあったかくて落ち着くな。
「お、おい、夢神、も、もう大丈夫だ、離していいぞ」
顔を赤くして手を離す黒崎先生。もう良いの? 何のために悪手したんだろう?
「どう? わかったでしょ。じゃあ創くん次は私と手を繋ぎましょ」
「はあ……信じられませんがどうやら本当のようですね」
相変わらず何を言っているのかまったくわからないけど、運命さんの手はやわらかくてすべすべしていてとても気持ちが良い。
ん~、なんだか黒崎先生が僕と運命さんが手を繋いでいるのを羨ましそうに見ているような?
「あの……先生も手を繋ぎますか?」
「え? 良いの? って、先生をからかうんじゃない」
そんなことを言いつつしっかりと手を差し出してきたので、手を繋いであげたら嬉しそうだったので良かったのかな?
結局、よくわからないまま職員室での話は終了。
「そういえば、どうして運命さんがこの学校に居るんですか?」
先生と別れた後、誰も居ない緑地で運命さんと二人、芝生に寝転がりながらたくさん話をした。
あの夜のこと、運命さんが何をしていたか、さすがに驚いたけど、やっぱり運命さんは異世界から帰還した勇者だったと知って色々納得した部分もあった。
運命さんの見た目が十年前と変わらないのは、異世界で得た力、あるいはダンジョンの効果、あるいはその両方だろうと教えてくれた。
ダンジョンがこの国に現れてからまだ十年しか経っていないから、ほとんど知られていないらしいけど、ダンジョンでレベルを上げてゆくと、肉体年齢は最盛時のままキープされるらしい。そういえば、不知火さんも似たようなこと言っていた。
老化をしないだけで、もちろん死ななくなるわけではないらしいけれど、どの程度本来の寿命に影響が出てくるのかは今後の結果を見なければわからない。結論が出るのは相当先の未来になりそうだ。
「でも……夢じゃなくて良かった。こうしてまた運命さんに会えるなんて夢みたいです」
「ふふ、嬉しいな……ね、創くん、キス……していいかな? 私、待っていたんだよ? キミが大きくなるの」
覆いかぶさってくる運命さんの銀糸のような髪が頬をくすぐる。後光を背に受けた運命さんはとても神秘的で僕は知らず運命さんの身体に手を回して……
「夢神さま、こんなところで何を……さあ帰って明日の準備をしませんと」
僕を探しに来た不知火さんに見つかってしまった。
「うん、ごめんなさい、って、あれ? 運命さんはどこに……」
気付いたら運命さんの姿は消えていた。
「? 最初から御一人だったかと思いますが?」