第七十話 闇を統べるもの
「一体誰なんだあの男。妙に親しかったようだけど……弟? いや、巫に弟はいなかったはず。くそっ、俺の巫にちょっかい出しやがって」
時間をかけて巫家のスケジュールを把握し、ようやく接触出来たが、思わぬ邪魔が入って心中穏やかではない鳳 聖也。
十年に一度の天才と騒がれ、将来は四天王越えも期待されている次世代のエース候補。
その恵まれたルックスと優秀な頭脳に加えて、忍として規格外の力も付けつつある今、彼にとって世界は自分のためにあると思い始めても不思議なことではなかった。
そんな彼にも唯一ままならぬもの――――
それが同級生で、歌姫として活躍する巫 祷だ。
極度のコミュ障である祷には、得意のコミュ力が通じない、どころかむしろ避けられている節すらある。すべてを思うがまま手に入れてきた聖也にとって、それは耐えがたく許せないことだった。
その歪んだ想いはやがて執着となり、いつしか聖也の目的は、祷を自分のものにすることになっていた。
「とはいえ、あまりしつこくすると巫に嫌われてしまうからな。それは避けなければならないし……くっ、なんでトップオブトップになる男であるこの俺がこんなことで悩まなければならないんだ、くだらない。誰よりも強くなって、金も権力もすべて手に入れれば……向こうから懇願してくるに決まっているんだ。焦る必要などない」
自らに言い聞かせるように独り言ちる聖也。嫉妬などという弱者の感情に支配されるなど彼のプライドが許さない。
数日後、長らく続いた臨時休校が解除され、授業が再開された忍高。
体術を学ぶ実習ということで、一、二年の特別クラス合同で授業が行われることになった。
「へえ……あれが四天王黒崎零か」
想像していたよりもイイ女だなと内心値踏みする聖也。
彼にとって欲しいものは手に入るのだ。気に入ったモノはすべて自分のものだと確信している。
「それじゃあ実戦形式でやってみろ。自由に組んで構わないぞ」
指導教官である黒崎零の指示に、聖也はいち早く動く。
「やあ、この間は悪かったね。俺は特別クラス二年の鳳 聖也だ。良かったら俺と組まないか?」
「は、はい、夢神 創です。僕でよければ……」
祷とのチャンスを邪魔した男が特別クラスにいたことに歓喜する聖也。
この絶好の機会に、祷の前で力の差、格の違いを見せつけて排除しようと聖也は考えたのだ。
当然、この意外な組み合わせに道場内は大いに騒めく。
なにせ聖也は誰もが知る有名人。その強さは生徒の枠を完全に逸脱しており、普段は現役の忍である教師を相手にしているのだ。見るからに線の細い下級生を相手に指名したので、何事かと注目されるのは当然の成り行きだった。
そしてそのことは聖也の狙い通りで、公衆の面前で完膚なきまでに叩きのめし、最後に優しく上級生の器の大きさもちゃんと見せる。どちらが祷に相応しい男なのかを知らしめる作戦でもある。
予想通り、祷が不安そうに二人の様子を見つめていることを確認して、密かにほくそ笑む聖也。
「ほう……面白そうな組み合わせだな。よし、他の者は二人の組み手を参考にしろ」
黒崎零の言葉に組み手を中断して集まってくる生徒たち。聖也が絶好の舞台が整ったと満足そうに微笑むと、女生徒たちから黄色い悲鳴が飛ぶ。
学園きっての美少年と美男子の組み合わせ。その半分くらいは創に向けられたものであったのだが、聖也はそのことに気付いていない。
「始め!!」
零の掛け声で組み手が始まる。
「はっ!!」
聖也に手加減するつもりなどさらさらない。最初から全力で、相手を無様に見せることが目的なのだから当然だ。
しかし――――
バターンッ
床に叩きつけられたのは聖也の方だった。
「かはっ!?」
あまりのことに受け身をとる事すら出来ず、大いにむせる聖也。
「鳳、ちゃんと受け身をとらないと、これが実戦なら死ぬぞ」
「は、はい、すいませんちょっと油断していました」
零の言う通り聖也は完全に油断していたが、手は抜いていない。
「……キミ、もしかして何か武術でもやっているの?」
「はい、護身術を少々……」
なるほど……合気道のように相手の力を利用する技となると、力任せが通じないのも納得だ、と聖也はスピードで圧倒する作戦に変更する。
しかし――――
バターンッ
「くっ」
今度は辛うじて受け身を取ったものの、頭の中は混乱している。
天才であるはずの自分が、下級生相手に力もスピードも通じないのだ。
バターンッ
バターンッ
バターンッ
バターンッ
正攻法が通じないならと、怪我をさせることも厭わずあらゆる手段を使ったにもかかわらず――――
「そこまで!!」
ついに聖也は、一度も創に勝つことは出来なかった。
「手合わせありがとうございました、鳳先輩」
「ああ、こちらこそ良い勉強になったよ」
差し出された手を掴んで起き上がる聖也だが、口調とは裏腹に、内心では祷の前で恥をかかされたことで狂わんばかりに荒れていた。
「くそおおおおおおおおああああああああ!!!!!!!」
人気のない運命の森で、大きな岩を殴りつける聖也。砕け散った破片が頬に当たるが気にした様子もなく、新たな岩を見つけては怒りをぶつける。
「はぁ……はぁ……何故だ? なぜこの俺が負ける?」
聖也にとって理解できないことだった。四天王のようにはるかに先を行く存在ならまだ理解できるが、同学年どころか下級生相手に後れを取るなど断じて認められない。彼にとって理解できないことだったのだ。
もしそれを認めてしまえば、自分が絶対的な天才ではないことになってしまうから。
『……それはお前が弱いからだ』
「だ、誰だっ!?」
突然脳内に語りかけてきた声に驚く聖也。
『人間の考える神に最も近い存在……とでも言っておこうか』
「なんだと……俺が弱いってどういうことだ?」
神よりも弱いという言葉に激しく反応する聖也。
『言葉のままだ。世界の王に成れる資質を持ちながら、その力を引き出す術を知らぬから弱いままなのだ』
「……お前はそれを知っているとでも?」
『然り。でなければ神を名乗れるはずもなかろう?』
姿は見えないが、その存在が不敵に笑っているように感じる聖也。
「……仮にそれが本当だとしても、俺が王たる資質を持つ天才であることには変わらん。余計なお世話だ」
『ほほ……断言しよう。今のままでは負け続けることになるぞ。欲しいもの、手に入れたいものも永遠に失うことになる』
まるで預言めいた説得力を感じさせる言葉。聖也は心の闇を見透かされたようで内心激しく動揺する。
「わざわざ俺に声をかけたということは、その強くなるための術とやらを教えてくれるのか?」
『さすがに頭の回転が速いな。その通りだ。我はお前を本物の王とするために来た』
その自信に満ちた声に嘘は感じられない。
「話はわかった。だが条件があるのだろう?」
美味い話には必ず裏がある。嫉妬に狂っていたとしても、ほいほい飛びつくほど聖也も馬鹿ではない。
『ほほ……良いな、お前は馬鹿ではないから好ましい。なに、条件などというほどのものは特にない。協力者として手伝ってもらえればそれでいい。互いにウインウインの関係というものだ』
「……手伝うかどうかは内容次第だな。聞かせてもらおうか」




