第七話 特別クラス
「す、すごいですね……」
素直に称賛の言葉が口に出る。
「そうですね、ですが四葉 葵さまも同じ同級生ですよ。彼女は特別クラスですから同じクラスになることはないとは思いますが……」
不知火さんが優しく笑う。
「特別クラスって何ですか?」
「四葉さまは中学時代からすでにダンジョンに入っていると聞いています。もちろん四葉グループのバックアップあってのことですが。紋章を持つ者の中には、そのような経験者も一定数居るのです。さすがに初心者と同じクラスでは効率が悪いので、そういう者を集めたのが特別クラスです」
なるほど、たしかに理にかなっている。それにしても中学時代からダンジョンに入っているなんてすごいんだな。尊敬しかない。同じ学年とはいえ、僕とは住む世界が違うんだろうな。
「え……? 僕が特別クラス……ですか?」
入学式の後のクラス分け発表を聞いて一瞬意味がわからなくて不知火さんに聞き返してしまった。
「そうですね……学校側にも確認しましたが間違いではないそうです。理由はわかりませんが良かったですね」
おめでたいですと手を叩く不知火さん。えっと、全然良くないと思うんですけど……?
「未経験者の僕が何で特別クラスに?」
「うーん、多分ですが、人数合わせじゃないかと。特別クラスは偏りが多いので。偶数にするために一般クラスから選ばれることも無くはないそうですし」
人数合わせ……なんてツイいてないんだろう。
「ま、まあ、何とかなりますって、私も全力でサポートしますし。それに追う方が成長は早いものですよ」
前向きに励ましてくれる不知火さん。
そ、そうだよね。特別クラスって言っても、皆が皆、四葉さんみたいなエリートばかりというわけないだろうし。
入学式の後、顔合わせのために指定されたクラスへ移動する。
「夢神さま、ファイトです!!」
校内に案内人は入れないので、不知火さんとはここで一旦お別れだ。
特別クラスは本校舎一階の一番奥の教室……か。
入口からは一番奥だけど、ダンジョンへは一番近い。教室の窓から見えるダンジョンはゲートから見えていたよりもさらに大きくて迫力がある。
僕が教室に入ると、すでに半分ぐらいの席が埋まっていた。
指定された席についてざっと教室を見渡してみたけど……知っている人は居ない。
僕はダンジョンシティの中学へ通っていたから、そこから忍高へ進学する学生も少なくない。何人かは同じクラスになるんじゃないかって少し期待していたけれど、特別クラスになってしまった以上、期待は出来ないかもしれないな。
もっとも仲の良かった友だちがいたわけじゃないからあまり影響はないのが悲しいところだけど。
高校生になったんだし……友だち出来ると良いなあ。
「あれ? 夢神も特別クラスだったのか?」
後ろから声を掛けられて振り向くと、中学でクラスメイトだった那須野菜々さんがニコニコしながら立っていた。
わあっ!! 知り合いが居た!! しかも那須野さん!!
「えっと僕は未経験者だから数合わせらしいんだけどね。でも不安だったから知り合いが居て良かった」
「あはは、まあ私も実家の手伝いでダンジョンに入っていただけだから、経験者って言っても特別なことは何もないんだけどな」
那須野さんの実家は人気の八百屋さんだったっけ。八百屋の看板娘だけあって、はきはきとして元気が良い女の子だ。
「え? 八百屋さんってダンジョン入ったりするの?」
全然そんなイメージ無かったからびっくりした。
「ああ、他の八百屋は市場から仕入れるのが普通なんだけど、家は兄貴が忍だからな。野菜の仕入れはダンジョンが基本。私も紋章持ちだから手伝わされていたって感じ」
ダンジョン産の野菜は美味しくて栄養価も高い。しかも普通の野菜と違って鮮度が長く保たれるので、廃棄ロスも少ない夢のような食材だ。もちろんその分高価にはなるけど、市場を通さず直接ダンジョンから仕入れられるなら話は別。人気のお店になるのも納得だよね。
ちなみに忍の資格持ちが同行していれば、紋章持ちであれば赤ちゃんでもダンジョンへ入ることが出来る。ただし、危険なので那須野さんのように家業でもなければ普通はやらないみたいだけど。
それにしても兄妹揃って紋章持ちなんてすごい確率。
そういえば、紋章の出現には血統が関係あるかもしれないという説もあったような。兄弟姉妹で紋章持ちが多いのももしかしたら偶然ではないのかもしれない。
「那須野さんは将来八百屋さんになるの?」
「うーん、どうかな。店は兄貴が継いでくれるみたいだから私は比較的気楽な立場。卒業するまでに決めようかなって思ってる。他にやってもたいこともあるし」
紋章持ちは忍になることが義務付けられているけれど、忍はあくまで資格であって職業ではない。
もちろん年に数回程度のダンジョンでの活動は義務付けられているけれど、本業を別に持っている人は少なくない。
「やあやあ、君たちもよろしくね。ボクは赤牛翔平、これはお近づきの印だよ」
那須野さんと話していたら、向こうから体格の良い――――主に横方向に――――男子生徒がやってきた。くるっとした赤い癖毛で、人好きする柔らかい笑顔が印象的だ。
「……これは?」
渡されたのは御食事券。ステーキの赤牛グループといえば国内最大手の食肉グループ。ダンジョン産の肉を使って急成長を遂げた新興企業だ。
「もしかして赤牛くんって赤牛グループの?」
「うん、お父さんが社長」
もしかして特別クラスってお金持ちばっかりなのかな?
赤牛くんに親の職業を聞かれたけど、家族は居ないと答えると謝りながら気まずそうに去っていった。僕は別に気にしていないんだけどな。でも悪い人じゃないみたいで良かった。
「ふん……なぜ私がこんな小汚い場所で机を並べなければならんのだ!!」
「本当ですよね、京吾さまに似つかわしくない」
一方で明らかに浮いているクラスメイトもいる。うーん、正直苦手なタイプだ。なるべく関わらないようにしよう。
「皆さま、ごきげんよう。四葉 葵です。これから共にこの学び舎で過ごせることを楽しみにしています」
一瞬で教室の空気が変わる。雑談していた生徒も、不満をまき散らしていたあの男子生徒も視線を奪われてしまう。
「うわあ……やっぱりめっちゃ綺麗だな。お人形さんみたい」
那須野さんが瞳をキラキラさせている。
たしかに灰色がかった明るい紫色の髪と瞳は葵の花みたいで現実とは思えないほど綺麗だし、磁器人形みたいな透明感のある白い肌や長いまつ毛は本当にお人形のようにみえる。
「うん、でも那須野さんも同じくらい綺麗だと思うけど?」
「ふえっ!? お、おま、何を言ってんだよ!? 目が腐っているんじゃないか!? 相手は国民的なモデルでお嬢様だぞ?」
本当のことを言っただけなんだけど、何かマズかったのかな?
那須野さん、ちょっと精神を安定させて来るといって教室を出て行ってしまった。顔が赤かったから熱でもあるのかもしれない。ちょっと心配だ。