第六十三話 呼び出し
「ほうじ茶どうぞ」
「ありがとうございます。僕、このお茶とても好きなんです」
本当に美味しそうに飲んでくれるから嬉しくなります。
「それで、ですね……今日伺ったのは、巫先輩にお話がありまして……」
「はい、なんでしょう」
本当は私の方こそ話があるのですが、とても言い出しにくいので、先にソウクンの話を聞いてからにしましょう。
「あの……今夜、僕の部屋に泊まりに来ませんか?」
「……は!?」
あまりのことに耳を疑ってしまう。私の願望が幻聴として聞こえたのかもしれない。
「あ、ごめんなさい。その……変な意味じゃなくて……」
「はい、ぜひ」
「えええっ!? 良いんですか?」
「ええ、実は私からもお願いしようと思っていたところ、クスクス」
話が早くて良かった……。ソウクンから誘ってもらえて助かりました。
「先に説明しようと思っていたんですけど、実はですね――――」
ソウクンの説明を聞いて、これまで意味がわからなかった点と点が繋がった気がしました。
「わかりました。私も参加させて。母に置手紙を書きますので、少し待ってね」
お母さまにお告げのこと、ソウクンのところへ行くこと、しばらく戻れないかもしれないことを書いて冷蔵庫に貼り付けておく。
荷物も増やさないと……。
場合によっては連泊になる可能性が高い。
「お待たせ、行きましょう」
「はい、巫先輩」
先輩呼びは悪くはないけれど、どこか距離を感じてしまうので物足りない気がする。
「ん……祷でいいよ?」
「そうですか? じゃあ祷さん」
「呼び捨てで良いのに……」
少し不満は残るけれど、学校内だと気にする人もいるし仕方がない。
「へえ、祷さんって葵とも仲が良いんですか!」
葵ちゃんは呼び捨てなのか。ちょっと悔しい。私が留年すれば同学年になれるからそうしてみようかな? 歌手活動のせいで単位ギリギリだし。
「うん、葵ちゃんと初めて会ったのは、ダンジョンが出現してからすぐだった」
「ああ、もしかしてダンジョン出現を預言したからですか?」
さすがソウクン、察しが良いんだね。
「うん。それ以来国の将来に影響しそうな神言は葵ちゃんに報告してる」
どうでも良いような神言も多いんだけれど。
部下が使えないとか、上司の愚痴だとか……神さまも中間管理職みたいな立ち位置なのだろうか。
「あ、鬼頭先生から連絡? 学校から呼び出しみたいですね……」
「いいよ、私も一緒に行くから」
一人では行動できない以上、一緒に行くしかないしね。
「こんにちは鬼頭先生! お怪我はもう大丈夫ですか?」
「おお、夢神突然呼び出したりして悪かったね。怪我の方はもう大丈夫だよ、不意打ちで気を失っていただけで怪我そのものは大したこと無いんだ。それより先日はなんだか情けない所見せてしまったね。守るべき生徒に助けられるなんて……助けてくれて本当にありがとう」
鬼頭先生か。いい先生だな……。
生徒であるソウクンに素直に頭を下げることは簡単に出来ることではない。立場やプライド、自分の弱さ、至らなさ、色んなものをすべて飲み込んで、その上で前を向こうとする人にしか出来ないこと。
「鬼頭先生、二年特別クラスの巫です。たまたま一緒に居ましたので、同行させていただきました」
「なんだ巫も一緒だったのか? お前たちどういう関係……まさかデート?」
で、ででデート!? ち、違います!! ただお泊りしに行くだけです……ってもっと駄目な奴!! あわわ……どうしよう、私たちって一体どんな関係? 教えてください先生。
「あはは、違いますよ鬼頭先生。祷さんが僕の部屋に泊まりに来るだけです」
ソウクンンンンンンン!? 爽やかに言えば良いってものじゃないんだよ!?
「そ、そうか……それは先生が野暮だったな……なんだ、その、まあ……楽しんでくれ」
すっと目を逸らす鬼頭先生。
これ絶対に誤解されてるうううううう!!
「それで先生、呼ばれた用件はなんでしょう?」
ソウクン……鬼メンタルね。動揺している私が馬鹿みたいなんだけど?
「ああ、そうだったな。実はお前にお客さんが来ているんだ」
「お客さん? 僕にですか?」
「あの……私はどうしましょう?」
「ああ、巫も一緒で構わないよ。お前もよく知っている人だし」
私が知っている人? 誰だろう?
ソウクンに用事があるのなら、音楽関係の人ではなさそうだし……
鬼頭先生に案内されたのは応接室――――ではなく、学校に隣接している研究棟。
こちらは忍高生といえども許可なく立ち入ることが出来ない施設だったはず。
「ご苦労様です!!」
厳重に管理されたゲートを抜けると、最新鋭の設備が整った研究施設が見えてくる。
私は葵ちゃんと何度か来たことがあるけれど、普通は入る事すら出来ないエリア。
「ようこそいらっしゃいませ。当研究棟の責任者をしております斉木と申します。どうぞこちらへ」
斉木さんとは何度か面識がある。外見のイメージそのまま、とても物静かで落ち着いている人だから私も安心して接することが出来る数少ない人。
でも……どうやら斉木さんがソウクンを呼び出したわけではないらしい。
「こちらは新しく完成したばかりの施設なんですよ」
「わあっ!!カッコイイ!!」
斉木さんが自慢げに説明すると、ソウクンが歓声を上げる。鬼頭先生も興味深そうにしている。
たしかにずいぶんと未来感のある建物だ。これは間違いなく国家機密級の研究施設。今更ながら付いてきて良かったのだろうかと心配になってくる。
「皆さまをお連れしましたよ」
「ありがとうございます、斉木さん」
一番大きな研究室の中から聞こえてきたのは、私もよく知っている声。
「鬼頭先輩もありがとうございます!!」
「気にするな四葉、これも仕事だしな」
「え……四葉って?」
ソウクンがちょっと驚いている。そうか、ソウクンは知らないんだね。
「初めまして、キミが夢神 創くんだよね? 私は四葉グループ開発責任者、四葉 楓。来てくれてありがとう。あら、祷ちゃんも一緒だったの?」
その燃えるような朱色の髪は無造作に伸ばされたままで、普段着と化した白衣姿が板についている。常に寝不足でいつも不機嫌そうに細められている目も、今は別人のようにキラキラしている。
これは……興味深い研究テーマを見つけた時の彼女だ。
「お久しぶりです、楓さん」
「祷ちゃんと最後に会ったのは去年末だったかな? また綺麗になるとか……一体何食べたらそうなるんだろう、気になるな」
、
私からすれば、研究に没頭しすぎてろくに睡眠もせず、バランスの良い食事どころかしょっちゅう食事を抜いていて、お化粧もしていないのにそれだけ美しさを保っている貴女の方が気になりますけれど、ね。




