第六十話 上書き
「えええっ!? 運命さん捕まっちゃっているんですか? た、大変だっ!! すぐに助けに行かないと」
ここへやってきた経緯を説明すると、こうしてはいられないと立ち上がるソウ。
「お待ちください、ソウ。サダメは助けに来るのではなく、逆にその時間を利用して皆の強化をして欲しいと言っていました。襲撃してくるタイミングと場所が限定されている方が守りやすいからとも」
「そう……ですか。わかりました。運命さんがそう言ったのなら、そうします」
「よ、よろしいのですか?」
ず、ずいぶんあっさりと引き下がるのですね。
「運命さん、結界の中で不自由しているわけじゃないんですよね?」
「え、ええ、まあ。帝都から出られないだけで、それ以外は特に制限ありませんが……」
「だったら大丈夫。僕は僕にしか出来ないことをやります」
そうか……この二人はお互いに信頼し合っているのですね。
そんな関係が心から羨ましい。
騙された方が悪い、弱いのは悪。優しさや思いやりの心は利用されるだけ。
結局、私たち魔族に残されたのは、力による支配……それだけ。なんと悲しいことでしょうか。
「ところでソウ。バルデスたちはあのままでよろしいのですか?」
今は気を失っているようですが、目覚めたらまた暴れ出すかもしれません。
『ああ、大丈夫ですよルシフィーナさま。ほら、連中にも私と同じ紋が入っているでしょう? ご主人さまにぶっ飛ばされると魔族の呪いが解き放たれるんです。きっと主従の紋が制約を上書きしているんだと思いますよ」
魔族の呪いが……!? そんなことが本当に? ですが……たしかにロキシーを見る限り本当のように思える。
はるか昔、強大な力を得るのと引き換えに我々魔族は、この呪いともいえる制約に苦しみ続けることになったと言われている。
不毛な魔の領域から離れては生きられないという制約、そして定期的に襲ってくる力への脅迫的な衝動。人を襲って強くなりたいという抗いがたい誘惑に耐え続けることがどれほど困難なことか。
「本当……なのですか?」
もし本当にそうであれば……魔族は救われるかもしれない。
そして――――
「御主人さま、大変なご無礼申し訳ありませんでした!!」
土下座をして頭を下げるバルデスとその仲間たち。
とても信じられない光景だが、その憑き物が落ちたような清々しい表情に嘘は感じられない。
「ルシフィーナさま、私のしたことは最低です。命懸けで止めようとしてくださったのに……」
「良いのですよバルデス。やり直すことに遅すぎることなどありません。貴方の犯した罪は消えませんが、ソウのために尽くし力になる事で応えなさい」
「は……ありがとうございます。この命にかけて誓います」
良かった。昔の……子どもの頃のバルデスに……正気に戻ったのですね……。
「あの……ルシフィーナさん。僕……謝らなくちゃいけないことが……」
ソウが思い詰めたような表情で頭を下げてくる。
「ああ、父のことなら気にしないでください。魔王となったものは、最後は自我すら失い破壊と暴力だけを求めて暴れるだけの怪物になってしまうのです。むしろ……終わらせてくれてありがとうございました」
皆、魔王に憧れ強さを競い合うけれど、その末路は悲惨だ。魔王覚醒などと言えば聞こえは良いけれど、実態は呪いの浸食、暴走が始まっただけに過ぎない。今はサダメへの執着のおかげで人としての自我を保てている兄だが、いずれは……。
「ソウ……こんなことをアナタに頼むのは筋違いかもしれません。ですが……お願いします。私たちを……魔族を助けて……助けてください。アナタにしか頼むことが出来ないから……私、何でもします、望むならこの命と引き換えでも構いません! だから……どうか、お願い……」
ずっと閉じ込めていた……諦めていた想いがあふれ出てくる。
皆正気を失ってゆく。
私一人取り残されて、でも、どうすることも出来なくて……。
『ルシフィーナさま……ご、ご主人さま、私からもお願いします、どうか、この通り』
ロキシー……貴女泣いてくれているのね? ありがとう。
「わかりました。僕に出来ることはやってみます。でも、一つだけ条件があります」
「は、はい……」
どんな条件でも受け入れる覚悟はあります。
「最初にルシフィーナさんを助けさせて欲しいんです」
「え……? わ、私を……ですか?」
それはそうだ。まずは身をもってソウに尽くすと覚悟を決めなければ。
「かしこまりました……覚悟は出来ております。いつでもどうぞ」
あの強化されたバルデスさえ苦も無く倒したソウの打撃をこの身に受けるのはもちろん怖い。でも、いつか自分が抑えきれなくなる日がやって来る方がずっと……ずっと怖いのです。
「わかりました。じゃあ行きますね」
ソウの手が迫る、私は思わず目を閉じて――――
ぎゅっ
「え……あ、あの……ソウ?」
ソウの温かい両の手で抱きしめられている? どうして……?
「ごめんね……僕、全然知らなくて。ずっと苦しい思いしていたんだよね? その涙を見ればわかるよ、だから……僕が絶対に助けてみせる。ルシフィーナさんの呪いを断ち切ってみせる」
私……泣いていたのですか。ソウに言われるまで気付かなかった。
でも……なぜアナタまで泣いているの?
私たち魔族は人間の敵なのですよ。なぜ今日初めて会った相手に涙を流せるのでしょう。
ソウ……アナタは強い。でもそれ以上に……アナタは優しい人なのですね。
きっと誰よりもたくさん傷付いて、たくさん愛されてきたのでしょう。
ねえバルデス、貴方は優しさは弱さだと言いましたが違うのですよ。
優しさはすべてを包み込む。強くあることよりもずっと難しいことなのです。
ソウの両手に力がこもる。
温かい力が流れこんでくるのがわかる。なんて優しくて……心地良い力なんだろう。
嫌なことも、辛いことも、苦しいことも、みんな溶けてゆくみたい……。
愛しさが止まらない。ソウをもっと感じたい。
「お願い……キス……してください」
ソウの唇が重なった瞬間、全身で何かがはじけ飛んで……消えた。
そして……なんだろう……下腹部がとても熱い。
『ルシフィーナさま……それは……わわっ!? 夫婦紋じゃないですか……おめでとうございます!!』
えええっ!? 夫婦紋!? な、なんだか恥ずかしいです……。
と、とにかく……どうやら無事上書きされて、呪いは消え去ったようですね。
『ご主人さまああああ!! 私も夫婦紋が欲しいです~!!! キス、してくださいいいいいい』
「……待ちなさい、ロキシー!」
『ひぃっ!? ご、ごめんなさい調子に乗ってしまいました、お許しくださいルシフィーナさまあああ!!』
ロキシーったら、そんなに青い顔して……私ったらそんなに怖い顔しているのかしら?
でもごめんなさいね、ロキシー。今だけは駄目なのです。
だってせっかくのキスが上書きされたら嫌ですから……ね?




