第六話 帰還した勇者 世渡 運命《よわたり さだめ》
―― 異世界から帰還した勇者 世渡 運命視点 ――
「ぐっ……誰だか知らないが、我々の組織に盾突いて無事で済むと思うなよ……」
いかにも悪党然とした黒ずくめの男が倒れる。
あはは、ご心配なく~。そもそも認識阻害と変身能力で私の本当の顔を知ることなんて誰にも出来ないし、寝ていても発動している常時発動型の結界があるから盗撮や盗聴も無理。念話で済むから電話やメールも使わないし。移動は転移を使うから足もつきませんので。
まあ、そもそもの話、毒も効かないし、銃で撃とうが、ミサイル撃ち込まれようが私を殺すことなんて出来ないけどね。ご愁傷様。
無期限休暇に入る前の最後の仕事を終えて念話を入れる。
「ああ、総理? うん、うん、ありがとう。無理言ってごめんね~」
さてと、準備は完了。
それにしても早いな……こちらの世界に戻って来てからもう十年になるのか。長かったようなあっという間だったような……。
あの日……絶対に忘れることのないダンジョンでの出来事。
夢中で創くんにしがみついていたら、突然手応えが無くなって……気付いたら自宅のベッドの上に居た。
まるですべては夢で、最初からそこで寝ていたのではないかと錯覚しそうになったけど異世界に行っていたことは夢なんかじゃなかった。
そして、ダンジョンの出現。
タイミング的にどう考えても私が原因とまでは言わないけど無関係とは思えなかったからね……。
本当は力を隠してひっそりと普通の生活をエンジョイしたかったんだけど、思った以上にヤバい未来しか見えなかったから、仕方なく政府に協力を申し出ることにした。
ああ……私のスローライフが。
最初の頃は大変だったなあ……信用を得るのも大変だったけれど、国内の勢力争い、諸外国からの干渉……というかもはや侵略行為まで。いくつ組織潰したか覚えてないわ……。はあ……癒しが、癒しが欲しい。
異世界も大概酷かったけど、こっちに戻ってきても本質的なところはやっぱり変わらない。それでも法律は機能しているし、衛生的だし、食べ物は美味しいし、やっぱり戻ってきて正解だったけどね。
学校も出来て人材の供給が安定してきたことも大きい。ノウハウも育ってきて、私が直接関わらなければならないことはほとんど無くなってきた。まあ、そういう方向に全力で動いてきたからだけどね。
ようやく自由に行動できるようになった。
創くん……大きくなっただろうなあ……。今年忍高校に入ることはもちろん知っている。
最低限の安全だけは確保するようにしたけど、こちらから特別何かしたわけではない。創くんがそれを望んでいないようだったからね。
ヤバい……ニマニマがとまらない。あのめちゃくちゃ可愛かった男の子がどんな風に成長したのか楽しみで仕方がない。
待っててね創くん。もうすぐ会いに行くから。
◇◇◇
「夢神さま、制服とってもお似合いです」
次の日、僕は不知火さんと少し早めに寮を出る。
「ありがとうございます。ちょっと僕には大きすぎる気もしますけれど」
忍高の制服は、忍者とくノ一の装束をベースにした黒主体のデザインで、かなりカッコいい。有名な世界的デザイナーが手掛けており、生地自体もダンジョン素材の高級品。肌触りや通気性も抜群だ。
「夢神さまはこれから成長期なんですから、それぐらいで丁度よいと思いますよ」
成長期か……今ようやく170cm超えたところだからもう少し伸びて欲しいなと思う。不知火さんがヒールを履いていると、僕よりも少しだけ背が高いから。
辺りは早くも入学式へ向かう人でごった返している。迷子にならないようにと不知火さんが手を繋いでくれる。とても嬉しいけれどちょっと恥ずかしい。
入学式といえども家族は参加できないので、生徒たちは案内人が保護者代わりとなって式典が行われる中央ホールへ向かうことになる。
『嘘でしょ……あの巫 祷が忍校生だったなんて』
『はわわ……祷タンかわゆす』
会場は大騒ぎになっている。
在校生代表パフォーマンスが、国民的な人気歌手、巫 祷によるライブパフォーマンスだったからだ。
あまりそういうものを知らない僕でも名前と曲を知っているぐらい超有名な人が先輩だったなんて。
初めて生で聴いたけれど、魂が揺さぶられるような素晴らしい歌唱力と歌声だった。これだけでも、この学校に入学できて良かった。そう思えるぐらい。
「それでは皆さんのご活躍を大いに期待しております」
入学式も後半。来賓の挨拶を締めくくったのは総理大臣。他にもすごい人たちが当たり前のように並んでいる。それだけ国から期待されているということなんだろうな……。
「それでは最後に新入生を代表して、四葉 葵さまに一言いただきたいと思います」
司会者の言葉にホール内がざわめく。
四葉 葵、国民的な人気を誇るモデルで四葉グループの令嬢。四葉グループは世界でも知らない人はいない国内最大のトップ企業。ダンジョン素材を使った最先端分野でも圧倒的なシェアを誇る複合企業体だ。
「皆さま、四葉 葵です。日本政府からのご好意をいただきましたので、この場をお借りして将来この国を担うことになる忍候補生の皆さまに知っておいていただきたいことがあります。ご存じの通り、地球環境は年々悪化の一途を辿っており、気候変動の影響で世界の食糧生産量は最盛時の半分以下です。昨年度の世界全体の餓死者は一億人に達しており、来年度以降その数はさらに増えるものと見込まれています。このままではいずれ地上の大部分は人間の住むことができない惑星となるでしょう。あまり時間は残されていないのです――――」
テレビやマスコミではあまり騒がれてはいないものの、あまり良くない状況だということは皆なんとなくわかっていた。とはいえ、まさかそこまで悲惨な状況だとは思っても居なかった。
僕もそうだけど、まわりの生徒たちも初めて聞く事実にショックを受けているようだ。
「ですが、ご安心ください。十年前に突如として姿を現したダンジョンによって、私たちは未来という可能性を手に入れたのです。このままダンジョンの利用が進めば、エネルギー問題、食糧問題、大気汚染、病気や感染症、あらゆる分野において人類は新たな段階へと踏み出すことが出来るのです――――」
もちろん世の中にはダンジョン産の素材を使うことに懐疑的な人々も大勢いる。
得体のしれないものに対する忌避感から反対する者や、ダンジョンを神聖視して宗教的、政治的な理由で反対する者。また、ダンジョンの恩恵を受けることが出来ない敵性国家などを中心に国連を動かして使用を禁止させようという動きも常にある。
それでもダンジョン利用の動きが止まらないのは、人類がそれだけ追い詰められているというからに他ならない。
「――――そして、それはすべて私たち『紋章を持つ者』の働きにかかっているのです。ともに学び、鍛え、この国を、ひいては世界を救うために頑張りましょう。私からは以上です――――」
鳴りやまない拍手、さすが若きカリスマ、これだけの大物が集まる舞台でも物怖じ一つすることなく、あっという間に自分の空間にしてしまった。あれで僕と同じ歳なんて信じられないよ。