第五十九話 絶対的強者
―― 魔王女 ルシフィーナ視点 ――
「がはっ!? ぐっ……ば、馬鹿な……有り得ない……」
あのバルデスが……嘘でしょう?
何とか立ち上がったみたいですけど、がくがくと膝が笑っていますし、明らかに深刻なダメージを受けていますね。
そのおかげか、首輪に流れていたバルデスの魔力が弱まったようです。魔力は使えないようですが、なんとか意識は保てそうです。
「あれ? まだ倒れないんだ……加減が難しいな」
まだ少年のあどけなさが残る男の子がそんなことをつぶやいていますけど、一体どうなっているのでしょうか?
『ご主人さまあああ!! そんなヤツ遠慮なくぶっ飛ばしちゃってくださいませ~!!』
男の子の影にいるのは……魔族? あれは……夢魔族のロキシー!! 彼女は兄の側近の一人だったはず。なぜ人間に味方しているのかしら? ますます意味がわからなくなってきました。
「うん、わかった、もう少しだけ強めにやってみるね」
どういうことかしら……? まるで本気は出していないみたいな言い方ですし、ロキシーとのやりとりも緊張感の欠片も無いですね……。
「ふ、ふざけるなああああああああっ!!!!! 貴様ら、殺す、バラバラにしてズタズタの細切れにしてから喰ってやる。ロキシー、貴様も同罪だ!!!」
あ……バルデスが本気で怒りましたね。
ダメージが消えて身体が一回り大きくなったように見えます。あれは……おそらく寿命を消費したのでしょう。
あのプライドが高いバルデスが禁じ手を使わなければ勝てないと判断したということ。逆に言えば、なりふり構わず終わらせに来たということです。
ああ……もう手がつけられない……こうなってしまったら、いかにあの少年が強くともどうにもならないでしょう。惜しむらくは、最初の不意打ちの一撃で仕留められなかったことが悔やまれますね。
爆発的に膨れ上がった膨大な魔力は首都東京の中心部を灰燼に帰すほどの密度を持っている。その凄まじい怒りの矛先がどこへ向かうのか……理不尽なまでの絶対的強者が暴走したら……止める術はないのです。
それなのに――――
『バルデス、言っておくけど私のご主人さまはお前なんかより強いんだからね!! 土下座して泣きながら謝るなら命だけは助けてあげても良いよ。その代わりご主人さまの下僕になってもらうけど、アハハハハ!!』
「ちょっと、ロキシー……」
これでもかと挑発するロキシーに困惑気味に苦笑いする少年。
まずい……バルデスの血管が今にも爆発しそうなほどピクピクしているんですけどっ!?
ロキシーはともかく、あの男の子もこれだけの魔力を目の前にしてなぜ平然としていられるのか? まったくわかりません。
『……ふう。私としたことがつい興奮してしまいました。ですが、もう終わりですよ。不意打ちとはいえ、この私にダメージを与えたところは驚きに値しますが、そこが人間の限界です。安心してください、楽には殺しませんからね。少しずつ苦しみながら、己の犯した大罪を悔やみながら私に喰われて死ぬがいい……』
マズいです……パワーアップしたことで、バルデスが冷静さを取り戻し……いや、本気でキレてしまっている。
「気を付けてください!! バルデスの真価はそのスピードです!!」
そう、筋肉質でゴツイ見た目からは想像もつかないほど、バルデスは速い。おそらくは魔族でもトップクラスなはず。しかも今は格段にパワーアップしている状態なのだ。
『ハハハ、無駄ですよルシフィーナさま。気を付けても肉眼で捉えることなど――――ぶへあっ!?』
あ……またぶっ飛ばされましたね……。
『アハハハハハ、バルデスカッコ悪っ!! ザーコ、ザーコ!!』
ロキシーの嘲笑が無情にも倒れているバルデスの背中に突き刺さっています。
『き、貴様……汚いぞ……話がまだ途中だったのに……』
「あれ? まだ意識がある。もう少しかな……」
『馬鹿め!! 来るとわかっていれば避けることなどたやすい――――ごべしっ!?』
あら……動かなくなりましたね、バルデス。
どうやら私は思い違いをしていたようです。
本当の絶対的強者は――――バルデスではなく、あの少年の方だったのですね。
「大丈夫でしたか? すいません来るの遅くなっちゃって」
申し訳なさそうに頭を下げる少年に驚く。私は何も謝られるようなことはされていないし、むしろ助けてもらって感謝しているというのに。
「あの……助けていただいてありがとうございます。私はルシフィーナ、もしかしてアナタがサダメの婚約者の――――?」
これだけの強さを持つ者が何人もいるはずがない。
「はい、僕が夢神 創です。よろしくお願いします、ルシフィーナさん」
すっと差し出された手を握り返す。
温かく柔らかい手の感触、にっこりと微笑む純真な姿に目が釘付けになる。
全身に電流が走ったような気がして――――キュン――――と胸が鳴る。
え……? な、なんでしょうか……この感覚は?
今まで感じたことのない感情。親しみとも好意とも少し違う気がする。
わからない……もっと知りたい。この気持ちをもっと――――
「あ、あの……ルシフィーナさん?」
「あ……ごめんなさい!? 私ったら……」
……手をギュッと握ったままでした。お恥ずかしい。
全身から汗が噴き出したのがわかる。私、どうしてしまったのかしら?
『おやおや~、さすがのルシフィーナさまもご主人さまに恋しちゃいましたか?』
「ちょ、ちょっとロキシー違います!!」
『へ~、その割にはお顔が真っ赤ですけど~?』
「こ、これは……そ、そう、封魔の首輪が苦しくて……」
咄嗟にそう言ったが、嘘ではない。苦しいのは事実。
でも……本当に違うのでしょうか? 胸の高鳴りがそうじゃないと否定している。
私……もしかして魔族なのに人間に恋をしてしまったのでしょうか?
『げっ、封魔の首輪!? バルデスの奴、なんてもん使いやがった。コレ……一度付けたら死ぬまで外れない呪いのアイテムじゃないですか!?』
その通りだ。『封魔の首輪』は使用者の魔力によって強弱は調整できるが、たとえ使用者であろうとも一度装着したら外すことは出来ない。
なぜなら、首輪に触れた瞬間、魔力が封じられてしまうため、魔力無しで破壊せねばならないが、厄介なことに素材そのものが魔の領域で一番固いブラックドラゴンの爪で出来ているのだ。
たとえ魔王であっても、魔力の強化なくしてはビクともしない。もちろん遠距離からの魔力を伴わない超威力攻撃、たとえばレッドドラゴンのブレスならば破壊できる可能性はゼロではないが、魔力が封じられて弱体化している私も一緒に死んでしまうので意味がない。
それゆえ宝物庫の奥に厳重に封じられていたはずなのですが……。
「ルシフィーナさん……苦しいんですよね? 僕が外してあげますね」
ああ……なんて優しい少年なのでしょうか。その気持ちだけで嬉しくて涙が――――
バキッ
「はい、外れましたよ」
「……え?」
『……は?』
思わずロキシーとハモってしまいました。
魔力を使わず……素手で……へし折った? ブラックドラゴンの爪で出来た首輪を……?
しかも……恐ろしいことに全然力を入れているようには見えなかった。まるでその辺に落ちている小枝を折るようにポキッと。
まさか……ここまで規格外だったなんて。
サダメ、貴方の婚約者……すごすぎます。




