第五十七話 魔族襲来
「氷川調査官、都内に未確認の存在が突然現れました!」
深夜の特別安全保障対策室に緊張が走る。
最高戦力である勇者運命と四天王が不在という最悪のタイミングに氷川 紫は頭を抱える。
もちろん想定はしていたが、出来るならば来てほしくなかったのは言うまでもない。
「それって転移による侵入よね? 運命さまが戻って来たという可能性は?」
「ありません。監視カメラの映像から運命さまではないことは確認しております。侵入者は若い女性……外国人のようですね」
輝くような銀髪は運命に似ているが、明らかに別人だ。
「転移を使える人間が運命さまの他にいるとは思えないわ。となれば可能性は一つ――――」
魔族の襲来。
最悪の可能性に紫はどうすべきか頭をフル回転させる。
帝国に潜入した運命とは連絡が途絶えたまま。あの運命がやられたとは考えにくいが、それでも連絡がとれない状況にあるのは事実。
そして運命の話から、魔族の戦力は四天王以上と想定しなければならない。
外見を人間に見せているので、戦闘が主目的ではなく、何らかの工作もしくは調査の可能性もあるが、それを期待するのはあまりに楽観的すぎるというもの。取り返しのつかない被害が出てからでは遅いのだ。
「……仕方がない。四天王と夢神くんを呼びましょう」
彼らは現在レベルアップのために夢の中で修行中。出来ればそちらに集中してもらいたいが、他に対応できる者がいないのだ。
運命が不在の今、富士の裾野にある学園都市から都内までは専用機を使ってもそれなりに時間はかかる。打てる手は打っておくべきだと氷川は決断する。
「はい、すぐに連絡をとります!」
飛び出してゆく部下を横目で見送りながら、画面に映る女性から目は離さない。
「どんな目的か知らないけど、頼むからまだ大人しくしていてよ……」
氷川は祈るように画面の女に向かってつぶやく。
「調査官、謎の女性が何かメッセージを掲げています――――えっと、紫のレース? 何でしょうかアレ?」
「な、何ですって!?」
画面にくぎ付けになる氷川。
冷静沈着、頭脳明晰、何が起きても動揺しない主席調査官がここまで激しく動揺するとは。居合わせたスタッフたちは、珍しいものを見たと顔を見合わせる。
「……私が現場に行って彼女と接触します」
「えええっ!? それは……あまりにも危険では?」
万一氷川に何かあれば、指揮をとれる人間がいなくなってしまう。
当然周りから止められるが――――
「大丈夫、彼女は少なくとも敵ではないわ。車を回して頂戴」
「まさか、あの暗号を使う時がくるとは……ね」
現場へ急行する車の中で氷川は苦笑いする。
いざという時のために、運命と決めた二人しか知らないキーワード。ちなみに氷川の下着のローテーションなのだが……つまり日替わりでキーワードは変わる。
それを知っているのは、氷川本人と運命の二人だけ。
つまり、あの謎の女性は、運命からのメッセージを託されてやってきたと考えるのが自然なのだ。
敵の襲来ではなかったことに安どする一方で、運命が直接連絡できないほどの状態にある可能性を意味しており、それを考えれば微塵も安心できる状況ではない。
「お疲れ様、彼女は?」
「こ、これは調査官殿、お疲れ様です! それがですね……あそこへ入って行きました」
現場のエージェントが指さす方向にあったのは――――
「も、モフパラっ!?」
「調査官殿、モフパラとは一体……?」
「気にするな、危険な場所ではない。私が直接接触するので、お前たちは通常任務に戻って良いぞ」
「し、しかし……」
「くどい」
「はっ、も、申し訳ございません」
現場に集まっていたエージェントたちが居なくなるのを確認して氷川は店に向かう。
通称モフパラ――――モフモフパラダイスは、二十四時間営業の働く女性をモフモフで癒すをコンセプトに首都圏を中心に熱狂的な人気を誇るコンセプトカフェだ。
各種モフたちの生態に合わせて、時間帯ごとにモフ動物の種類が変わり、一緒に遊んだり、添い寝したりできるのが特徴。もちろんスイーツや飲み物も充実しており、一日中滞在していても飽きることは無い。
運命や氷川も当然VIP会員のヘビーユーザー。激務の合間を縫って足繁く通っている。そういう意味では、日本の奇跡の十年を支えた隠れた功労者とも言えなくもない。
「いらっしゃいませ~モフパラへようこそ」
氷川はVIP会員証を見せながら内心謎の女の評価を上げる。
――――モフパラ好きに悪いものはいない。
「お楽しみ中のところごめんなさいね。私は氷川紫、運命さまからのメッセージ聞かせてもらえるかしら?」
緊張感の欠片もなく全力でモフモフたちと戯れている謎の女に声をかける氷川。
「……アナタがユカリですね? 良かった。緊急のお話があります――――」
「わかりました。奥のVIPルームへ行きましょう」
「ユカリさん、VIP会員だったんですね!! すごいです!! 尊敬です!!」
初めて入るVIPルームに大興奮の女。
「ふふふ、まあね、私クラスの廃ユーザーともなれば当然よ――――ところで、お話聞かせてもらっても?」
「あ、はい……実は――――」
運命に指示された内容を氷川に伝えるルシフィーナ。
「何てこと……まさか運命さまが……それにアナタが魔族のプリンセスだったなんて……」
話を聞いた氷川は驚きを隠せない。
「私は人間と争うことには反対なのです。しかし、魔族は力の論理でしか動かない。悔しいですが私に出来ることはほとんどないのです」
「いいえ、ルシフィーナさまがこうして来てくださったからこそ、私たちも対策が立てられます。運命さまがご無事なのも確認出来ましたし、深く感謝していますよ」
項垂れるルシフィーナを慰める氷川。
実際ルシフィーナのもたらした情報は千金に値するほどの重要なものばかりであった。
「ということは一週間後には魔族が日本に攻撃をしかけて来るわけですね。逆に言えばそれまで時間があるとも言えますが……」
「はい……兄……いいえ、魔王は少しずつ二ホンを滅ぼすことで、サダメの心を折ろうとしています。私に協力できることがあれば――――え……? ど、どうしてっ!?」
突然立ち上がるルシフィーナ。
「どうしたのです?」
「ユカリ、逃げて、逃げてください!! 魔族が来ます!!」
「魔族? まだ時間があるはずでは?」
「わかりません、ですが、魔族も一枚板ではないのです。何とか私が説得してみますから、とにかく早く逃げて!!」
「わかりました。一旦退避しますが、決して無理はしないでくださいね」
魔族が相手となれば中途半端な戦力では被害を広げるだけになってしまう。
氷川は非常口から退避しつつ周辺への避難誘導を指示する。
「このお店だけは絶対に守らないと」
ルシフィーナは、大好きなモフパラに被害が出ないように、急いで店を出るのだった。




