第五十二話 四天王の帰還
「……良かったらどうぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
僕の目の前で巫先輩が湯呑にお茶を注いでいる。
ここは巫先輩の部屋。助けてもらったお礼がしたいと言われたので、気にしなくて良いと言ったんだけど、どうしてもと言われて断り切れなかった。それで今、こんな状況になっているんだけど……。
ほうじ茶か……なんかホッとするなあ。なんだか生き返るような気持ちになる。おばあちゃんが好きだったから僕も自然と好きになったんだよね。
ふと気付くと、巫先輩がジッと僕を見ている。
こうして間近で見ると髪はサラサラだし、まつ毛は長いし、肌はきめが細かくてお人形さんみたいで、なんだか後光が差しているような神々しい雰囲気に圧倒されてしまう。
「あ、あの……何か?」
「クスクス、ソウクンはとっても美味しそうに飲むんだなと思って」
先輩に笑われてしまった。ちょっと恥ずかしい。
「お代わりは?」
「いただきます」
「……クスクス、はいどうぞ」
巫先輩はささやくように笑う。
「あら~、楽しそうなところお邪魔しちゃってごめんなさいね」
「お、お母さん、そんなんじゃないから!?」
巫先輩のマネージャーさんは、母親の雅さん。学園都市内にある、巫神社の宮司さんで、それもあって祷さんの活動をサポートしているんだとか。
「それにしても夢神くん格好良かったわ~。私が十歳若ければね~」
「お母さんっ!? 何言っているのっ!?」
「僕、雅さんって、巫先輩のお姉さんだとばかり……」
「きゃああ!! 夢神くん、プリン食べる?」
「ソウクンもお母さんが調子に乗るからやめて! 後、そのプリン私のとっておきだからっ!」
顔を紅くして慌てている姿は、とてもあの歌姫と同じ人だとは思えないけど、なんだかとっても可愛らしいなって思ってしまった。
「ほら祷、次のスケジュールがあるんだから、早く準備してきなさい」
「あ……そうだった。ソウクンごめんね。また後で」
巫先輩は準備のために慌てて部屋から出て行く。
「ごめんなさいね、ずいぶん引き留めてしまったみたいで」
雅さんは、巫先輩そっくりの……いや、むしろ先輩が雅さんに似ているのか。綺麗な空色の瞳を興味深そうに揺らしている。
「いいえ、とっても楽しかったです」
「そう……それなら良かった。あの子ね、男の子とあんな風に話すの初めてなのよ。よほどキミのこと気に入ったのね」
クスクス笑うところも巫先輩そっくり……いや、まあどちらでも良いんだけど。
「あの子、神子だからちょっと普通の人と違うのよ。他人の感情とか気持ちが敏感に伝わってしまうから、普段は感情を閉ざさないと生きていけないの」
「神子?」
「巫家に稀に生まれる神さまの声やお告げみたいなものを聞くことが出来る人のことよ。ここだけの話なんだけどね、あの子、ダンジョンが出現することを前もって預言していたんだから」
それはすごい……でも、他人の感情が伝わってしまうのはきっと辛いだろうな……。
「でも、そんな大事なことを僕に話してしまって良いんですか?」
「良いのよ。別に秘密ってわけでもないし、祷が心を開いているということは、そういうことだからね」
意味深なウインクをする雅さん。
「あの……そういうことって?」
「うふふ、後で本人に聞いてみたら? とにかくこれからも仲良くしてあげてね? 夢神くん」
「おお、戻ったか夢神、入れなくて困っていたんだ」
部屋に戻ると、黒崎先生が僕を見つけて手を振る。ダンジョンから戻って来たんだ!!
運命さんが居ない今、とても心強いし、安心感が違う。
一緒に居るのは……龍神さんとさくらさん、えっと……誰だろう? どこかで見たことがあるんだけど……って、総理大臣っ!? な、なななんで僕の部屋に総理が来ているんだろう!?
とりあえず立ったままというのも申し訳ないから部屋に入ってもらおう。
「あの……お茶どうぞ」
雅さんにいただいたほうじ茶を出す。
「ありがとう夢神くん。ボクは、知っているかもしれないが、内閣総理大臣 弥勒院 焔だよ。一応四天王の一人で、『賢者』って呼ばれている。よろしくね」
うわあ……本物の総理……めっちゃ若い。たしか二十代で歴代最年少って聞いたことあるけど……同じ年代、十代にしか見えないんだけど!?
「総理大臣が四天王だったんですね、知りませんでした。それにめちゃくちゃ可愛いくてびっくりしました」
「ぶふぉぁ!?」
飲んでいたほうじ茶を噴き出す焔さん。
「お、おい、なに盛大にお茶噴いてるんだ焔」
「だ、だって零、夢神くんが、夢神くんが……ボクのこと可愛いって!!!!」
あ……もしかしてNGワードだったのかな? よく考えたら目上の人に可愛いって失礼なのかも……怒らせちゃったらどうしよう。
「夢神くん……キミ、わかっているじゃないか!! さすが運命さまの選んだ逸材だよ。うんうん、頭撫でて良い?」
「ど、どうぞ」
良かった……怒ってはいないみたいだ。
「おい、ちょっと待て焔、なんでお前が私より先に頭撫でているんだよ!!」
「何を怒っているんだ零? ボクはきちんと本人の了解を得てやっているんだ。文句言われる筋合いはないね」
「くっ……屁理屈言いやがって」
黒崎先生が焔さんを睨みつけている。よくわからないけど、僕のせいで空気が悪くなっているのは申し訳ない。
「あの……黒崎先生も良かったらどうぞ?」
「い、良いのかっ!? 夢神、お前は本当に出来る子だ」
わからない……なんでそんなに僕の頭を撫でたがっているんだろう?
「おい、お前たちいい加減にしろ。夢神が困っているじゃないか。ほらこっちへ来い」
綾さんが膝の上に乗せてくれた。え……なんで?
「ほう……見た目は華奢だが……なるほど、これはずごいな……ちょっと噛んでみても良いか?」
「え!? 噛むんですか? 構いませんけど僕、外から帰って来たばかりで汚いですよ?」
「ははは、それを言うなら私たちなんてダンジョンから戻ったばかりで、それこそ汚いから気にするな」
豪快に笑いながら僕の首筋にガブリと噛みつく綾さん。首から肩、二の腕へと移動してゆくんだけど――――めっちゃくすぐったい。
「……綾、アナタ前から変人だと思っていましたけど~さすがにちょっと引きましたよ~? ほら、零と焔が固まっているじゃないですか~?」
「ん? なにかおかしいことしたか? 跳ね返ってくる筋肉の弾力がたまらないぞ? さくら、お前もやってみたらどうだ?」
「……いいえ結構です~。それより創くん、早くお風呂に行きましょう~? 私、ずっと楽しみにしていたんですから~」
「はい、僕も楽しみにしていました」
「まあ~、嬉しいわ~!!」
パッと表情を輝かせて、くるくる舞い踊るさくらさん。桜色に髪がふわっと広がって……まるで桜の花びらが舞っているみたいだ……。
「あ……でもその前に、終わらせておかないといけないことが……」
「? お風呂に入るよりも重要なことがこの世にあるとは思えないけど~?」
さくらさん……そんなにお風呂を楽しみにしていたんですね……。
「たぶん黒崎先生が会ったというコウモリ女を、捕まえたんです」




