第五話 学園都市最初の夜
「それでは買い物をしながら一通り学園内の施設をご案内いたしますね」
入学式は明日。今日のうちに必要なものを揃えなければならない。
不知火さんと一緒に、教科書や参考書、制服などを受け取る。
制服は事前にデータを元に作るらしく、驚くほどピッタリ。
忍高の制服は、忍者の装束を参考にデザインされていて、防刃、耐火仕様の特注品。課外活動で破損、汚れることも多いので、各自五着も用意されていて、さらに成長に合わせて半年ごとに新しいものが支給されるんだとか。
それ以外にも生活に必要なものを揃えたり、施設内の案内をしてもらったり、とにかく広大で、優先度の高いものを案内してもらっただけで、あっという間に夜になってしまった。
「不知火さん、今日は本当にありがとうございました」
寮内にあるレストランで夕食を共にする。ちなみに案内人も寮生同様に無料らしい。
「いえいえ、これが私の仕事ですから。明日から大変でしょうし今夜はゆっくりとお休みくださいね。入学式が十時からですので、私は七時頃お部屋に伺います。ゆっくり朝食をとりながら必要事項の説明をいたしましょう」
不知火さんには本当に感謝している。もちろん仕事なのはわかっているんだけど、そうじゃなくて、細かい気づかいや優しさを感じるんだ。だから初めての場所や環境なのに不安を感じる暇もなかった。
「あの……学校始まったら不知火さんはどうなるんですか?」
専属とはいうものの、学校が始まったらやることがなくなるのでは?
いつまでも甘えるわけにはいかないけれど、逢えなくなるのはやっぱり寂しい。
「そうですね、案内人の大きな仕事の一つが家庭教師です。通常の高校と違って、学科に割り当てられる時間が少ないので、私たちが学業面をフォローします。自習室はそのためにあるのですよ」
なるほど……忍高はダンジョンに行くことがメインだから当然そうなるよね。
「それ以外にも、夢神さまがダンジョン活動に専念できるように、煩雑な手続きや収入管理など、やるべきことはたくさんあるのです。政府からの通達をいち早くお知らせしたり、必要な国際情勢に関する知識、守秘義務教育の徹底などもそうです。忍の失態は案内人も連帯責任となりますからね。忍校生は身分こそ生徒ですが、実質準公務員のようなものです。学ぶべきことは学業以外にもたくさんあるのですよ」
そうか。卒業したら特殊公務員になるわけだから、それまでに最低限の知識を身につけなければならないってことだよね。課外授業もあるし、思っていたよりも大変なのかもしれない。
そうなると案内人ってイメージ的に秘書さんみたいなものなのかな? 迷惑かけて余計な仕事を増やさないようにしないと。
「じゃあ不知火さんとずっと会えるんですね。良かった……」
不知火さんはびっくりしたみたいに両目を大きく見開く。
「ふふ、はい……鬱陶しいぐらい付きまとうことになりますので、後悔しないようにお願いしますね」
いたずらっぽく笑う不知火さんがなんだか新鮮で、素の彼女を見てしまったような気まずい気持ちになる。後悔することは……きっと、たぶん無い……はず?
「あ、これは気になさらなくとも良いのですが、生徒の収入の一割は担当の案内人に手当として入りますので無理のない範囲で頑張っていただけるととても励みになります」
冗談交じりにウインクする不知火さん。
ダンジョン素材の収入の半分は僕がもらえて、残りの半分を国が二割、学校が二割、案内人一割で分配するらしい。生徒が優遇され過ぎなような気もするけど……不知火さんのためにも頑張らなきゃ。
「僕、不知火さんのために頑張りますね!」
「はうっ!? そ、そんな……あ、ありがとうございます!」
なぜか顔を背けてしまった不知火さん。僕、変なこと言ってしまったかな?
「入浴に関してですが、お風呂は大浴場、個室風呂もありますし、お部屋で入るのも自由です」
夕食が終わったらお風呂に入って今夜は明日に備えて早めに寝るつもり。
「あの……個室風呂って何ですか?」
たずねるとなぜか顔を赤くして照れる不知火さん。
「えっとですね……いわゆる貸し切りの混浴可能なお風呂です。たとえば私と夢神さまが一緒に入りたいという時に使います……よろしければ入ってみますか?」
「あ、えっと、せっかくなんで大浴場に行ってみますね」
「そう……ですか。いつでも遠慮なく仰ってください。距離を縮めるためには極めて有効な方法ですので」
そ、そうなんだ……。なんか強い圧を感じる。もしかして不知火さん一緒に入りたかったのかな? すごく残念そうだし悪いことしちゃったかもしれない。これは今度誘った方が良いんだよね?
「お疲れ様でした、夢神さま、湯加減はいかがでしたか?」
「はい、とっても良いお湯でした」
大浴場から出てくると、湯上りの不知火さんが待っていてくれた。アップにしていた髪を下ろしていて、少し濡れている髪とほのかに上気した桜色の肌が大人っぽくて、ちょっとドキッとしてしまう。
「あれ? そういえば不知火さんはどこで寝泊まりするんですか?」
一番肝心のことを聞いていなかった。
「はい? もちろん夢神さまの部屋ですけれど」
「えええっ!?」
「冗談です」
くすくす笑っている不知火さんは普段よりも子どもっぽくてなんだか可愛い。口に出したら怒られそうだけど。
「私たち案内人は専用の寮がありますので。部屋はまた明日にでもお知らせしますね」
「わかりました」
「何かあれば夜中でも構いませんので、専用の端末で連絡してください。それではお休みなさいませ」
「おやすみなさい、不知火さん」
不知火さんと別れてダンジョン素材のベッドに横になる。
新しい環境での気疲れもあって、あっという間に睡魔が襲ってくる。
『創、今日は何して遊ぶ?』
コタローが待ちきれないという感じで擦り寄ってくる。僕も大きくはなっているけど、コタローはライオンよりも大きいから、まずはお腹に埋まって柔らかいお腹の毛を堪能する。
『創ちゃんは本当に私たちのお腹の毛が好きよね』
白猫のしらたまはそう言いながらも、ごろんと仰向けに転がってお腹を見せてくれる。
『ムー、また新しい遊び場が出来てるにゃあ』
遠くからごましおが走ってきて、スライディングお腹見せを披露する。
ごましおちゃん イラスト/ウバ クロネさま
「新しい場所? じゃあ今日はそこへ行ってみようか」
『『『賛成~』』』
コタロー、しらたま、ごましおと一緒に夢の世界を冒険する。昔から変わらない僕の日常。
「僕ね、明日から高校生になるんだよ」
『こーこーせー? なんだそれは、美味いのかにゃ?』
「あはは、僕は食べモノじゃないけどね」