第四十四話 混浴風呂の魔法
「なんだとっ!? 葵は夢神と一緒にお風呂に入ったのか?」
「はい……夢のような時間でした」
うっとりと頬を染める葵。くっ……可愛い、なんて可憐なんだ。
私に同じことが出来るだろうか? いや、出来ない。そもそも似合わない。
しかしそうか……婚約者になるということは、家族になること。寝食をともにする一環で風呂に入ることも当然だよな。
「那須野さん……いえ、菜々も早く経験することをおススメいたします。一気に距離が縮まりますので」
たしかにな。私も中学入るまでは親父や兄貴と一緒に入っていたからよくわかる。お互いに隠すものが無い、遠慮する必要がないから一緒に風呂に入れるんだ。
「わかった。じゃあさっそく今夜――――」
「あ……駄目ですね。今夜は不知火さま、明日はさくらさまの予約が入っているのでした」
予約……だとっ!? たかが風呂に入るのに予約が必要だとは……。それから不知火さんはわかるけど、さくらさまって誰なんだよ!? まさか他にも婚約者がいるのか?
「そ、そうか……それで? どうやったら予約できるんだ?」
「運命さまがスケジュール管理をなさっているので、どうしても二人きりで入りたい場合は早めに申告してください。初回優遇枠が適用されますので、菜々は優先的にスケジュール確保出来ると思いますよ」
葵から混浴希望届けの書類を受け取る。
いつの間にこんなものを……。
「わ、わかった、すぐに書いて提出するよ」
郷に入らば郷に従え、だ。ルールがある以上仕方ないな。
『……四葉さま、拙者にも混浴希望届けいただけますか?』
「え……まさか影野さんも混浴するつもりなのか?」
『御意』
ま、まあ、それは良いんだけど拙者ってなんだよ!? そんなキャラじゃなかっただろアンタ。
『正体がバレたので素に戻っただけででござる』
そ、そうか……なら仕方ないな。
◇◇◇
―― 案内人 不知火 伊吹しらぬい いぶき視点 ――
「わあ……不知火さん、とっても綺麗です」
夢神さまに裸体を褒められて嬉しいやら恥ずかしいやら。
「とんでもない、さくらさまが全身の古傷まで治してくださったおかげです」
無数の古傷は、私自身の未熟さと積み上げた修練の証……そう思ってきましたが、夢神さまにこうして褒めていただけるのでしたら何の未練も無いですね。
「でも……本当に良かったです。不知火さんが生きていてくれて……」
今にも泣き出しそうな夢神さま。ああ……私などのためにそんな顔をなさらないでください。
「ふえっ!? く、苦しいよ不知火さん!」
思わず抱きしめてしまいました。
「大丈夫です。夢神さまのおかげで私はさらに強くなることが出来ました。もしまた魔人と対峙することがあったとしても、後れをとることはありません……って、夢神さまっ!? だ、大丈夫ですか!?」
しまった……思い切り胸で抱きしめたから呼吸が出来なくなって……
「だ、大丈夫です。むしろ柔らかくて気持ちが良かったです」、
きゃあああ!? は、恥ずかしいです夢神さま。
「こうして混浴をする喜びも、不知火さんが教えてくれたんですよね。僕、とても感謝しているんです」
うっ……下心全開だったとはとても言い出せない。ま、まあ、結果オーライということで。
「私も夢神さまと混浴できてとても幸せです。ずっと憧れていたんですよ、その……す、好きな男の人と一緒にお風呂に入ることを……」
「それは……僕のことが好きだって……ことですか?」
不安そうに私を見つめる夢神さま。
同じ湯船に浸かっているので、完全に抱き合っているようなものですけど、そんな距離感でそんな顔されたら我慢出来なくなってしまいますよ?
「はい……私は夢神さまが大好きです。死を覚悟した時に思ったんです。夢神さまに会いたい、もっと話したかったって。だから――――」
「――――私も夢神さまの婚約者に加えていただけませんか?」
拍子抜けするぐらい素直に言葉にすることが出来た。
もしかしたら、これが混浴の魔法なのかもしれない。
「不知火さん……はい、僕でよければ喜んで!」
夢神さまの笑顔が満開のひまわりのように私の心を温かく包んでくれる。私も同じように笑えているだろうか?
「し、不知火さんっ!? な、なんで泣いてるの?」
「ご、ごめんなさい……嬉しすぎて……上手く笑えなくてごめんなさい」
涙が止まらない。駄目だ、夢神さまが困っているのに……私の方がずっと年上なのに……しっかりしなきゃいけないのに……。
「お見苦しいところを」
あああ……穴があったら入りたい。なんで号泣しちゃってんの私。せっかくの二人きりのお風呂なのに。こんなに泣いたの子どもの頃悔しくて泣いた時以来だわ……。
「ううん、僕もたくさん泣いたからわかるんだ。泣きたいときは泣いて良いんだって。涙は色んなものを洗い流して綺麗にしてくれるから……涙を流せる人は心の綺麗な人だって」
そうか……誰よりも泣いてきたから夢神さまの心は綺麗なんですね……。
マズい……また泣いてしまう。私が夢神さまを幸せにしたいのに。辛い思いをいっぱいしてきた夢神さまをたくさん甘やかしてあげたいのに。
「夢神さま……何かしてほしいことありませんか?」
「えっと……あのね……また膝枕してほしい。駄目……かな?」
駄目だ……涙腺崩壊しそう。夢神さまが可愛すぎる。
「もちろん良いですとも」
裸同士で膝枕というのは中々アレですけれど……ね。
「ふわあ……癒されます……不知火さんの膝枕最高です……ってまた泣いているんですか?」
「はい……あまりにも夢神さまが尊いものですから耐えきれず」
「尊い? よくわかりませんが泣いている不知火さんも素敵です」
「ば、馬鹿っ!!」
そのあとめちゃくちゃ膝枕した。
◇◇◇
―― 那須野 菜々視点 ――
「なあ……夢神、本当に大丈夫なのか?」
夢神のベッドがカオスになっている。
葵、柴田さん、不知火さん、私、それから……忘れそうになったけど、影野さん。
五人の女性が一人の男に密着して寝るとなれば、それはもう酷い有様になる。
すでに四人の女性にがっちり羽交い絞めされており、あとは私が正面から抱き着けば一応形にはなる。なるが、その状態で眠れるとはとても思えない。
「大丈夫だよ。僕って、わりとどんな状態でも眠れるみたいだから」
抱き枕が無いと眠れない私とは大違いだな。羨ましい。
問題は私が大丈夫じゃないんだよな。正面から抱き合うなんて恥ずかしすぎるだろ。
「ほら、菜々、頑張って!!」
葵の応援に勇気の灯がともる。
『那須野さま、早くしないと拙者が正面に陣取らせてもらいますぞ。5,4,3,2――――』
葵ならともかく、影野さんに正面をとられるのはなんとなく悔しいので、慌てて夢神に抱き着く。
「準備が出来たみたいだね。それじゃあみんなしっかり掴まっていてね。出~発~!!」
待て夢神……これは……乗り物なのか?
一瞬、そんなことを考えたが、すぐに意識が途切れた。




