第四話 国立忍高等学校
「不知火さん……僕、授業についていけるかな……忍の訓練って危険なんですよね?」
忍については仕事内容も含めて全てが非公開で国家機密扱いになっているので、どんなことをするのかまるで知らない。やらされることの内容も知らないなんて、正直不安はある。
「大丈夫ですよ、ほとんどの生徒が未経験ですし、学科の授業自体は一般の高校と変わりません。実技に関してはもちろん危険も伴いますが、ダンジョンにおける実習は高レベルの忍が付いて安全確保を万全にしていますから、通常の部活動とリスクはそれほど変わりません。むしろ治癒能力を持ったスタッフが常駐しているので、さらに安全とも言えます」
言われてみればたしかに。僕なんかにも専属の担当を付けるくらい予算をかけているんだから、それは安全管理には気を使っているだろう。紋章を持った人材はどうやっても補充出来ないわけだし。
「そう言えばレベルってなんですか?」
ふと気になって聞いてみた。忍にはレベルがあると聞いてはいるけれど、熟練の経験者という程度の認識しかない。格闘技の段位や資格の級のようなものだろうか?
「ああ、どちらかといえば、ゲームのレベルに近いですね。不思議なんですけど、ダンジョンに入ると本人は自分のレベルがわかるそうです。現在使われている測定システムは、忍の力を数値化することを目指して試験的に開発されたものなので、現時点ではあくまでも参考程度でしかありません。ちなみに現在マスコミなどで使われているレベルという概念は、はっきりいえば演出に近いですね。そもそも本当のレベルは機密事項なので公開することは禁じられていますし。ちなみにレベルはダンジョン内のモンスターを倒したり、素材の採集などでも上がることが確認されていますよ」
へえ……本当にゲームみたいなんだな。
「レベルアップするとどうなるんですか?」
「あくまでわかっている範囲ですが、身体能力の向上、スキルの習得、肉体的な若返り効果などが確認されています。あ、夢神さまは成長中ですので、レベルアップしても成長が止まるわけではないですからご安心ください。個人差はありますが、18~20歳前後の肉体年齢で固定されるようです」
女性としては少しだけ羨ましいですけどね、と不知火さんが説明してくれる。そうか……紋章が無い人にはその成長するチャンスすらないんだよね。なんだか申し訳ない気持ちになる。
「まもなく~国立忍高等学校前に到着します~」
車内アナウンスが流れてくる。
不知火さんに色々教えてもらっていたから、なんだかあっという間だったな。
それにしても、この列車一部に最新のダンジョン素材を使っているだけあって、振動や揺れがまったく感じられなかった。窓の外を見ていなければ移動していることすら実感できなかったくらい。
不知火さんと列車を降りてすぐゲートでの厳重なチェックがあったけど、問題なく通過することが出来た。
「うわあ……すごい」
ゲートを抜けて駅の外へ出るとすぐ視界に入ってくるのは巨大な建造物の群れ。国立忍高等学校を中心とした学園都市だ。
こうしてみると、学校というよりも一つの街だ。三千名の現役生に加えてサポートをする関連職員はその数倍。警備に当たるのは数千人規模で創設された専属の武装組織。その極秘性、閉鎖性もあって、学園都市内ですべての生活が成り立つようになっていると不知火さんが言っていたけれど、大げさでも何でもないのだと実感する。
そして――――
その向こうにそびえたつのはフジヤマダンジョン。
この街に越してきてからはある意味見慣れた景色ではあるけれど、ここまで至近距離から眺めるのは初めてだ。その幅は富士山の裾野と同じかそれ以上あるように見える。高さは途中から雲で遮られていてどこまで伸びているのか確認出来ないほど高い。いまだに成長を続けているという説を唱えている研究者もいるって聞いたことがあるけど、実際どうなんだろうか。
角度によっては完全に富士山が隠れてしまうので嘆く地元住民が多かったらしいけど、現在は観光収入も上々で、関連企業の誘致で地価も上昇。歓迎する声の方が多くなっているらしい。ちなみに学校側からは富士山はダンジョンに隠れて見ることは出来ない。
忍高は全寮制。在学中は特に厳しく外部との接触を制限される。緊急時は別にしても家族に会うためにも事前の許可が必要になるほどらしいけど、僕にはあまり関係がない。
「夢神さま、ここが男子寮です」
不知火さんに案内されてやってきたのは、まるで高級ホテルかと見間違えるほどの巨大な建物。
「こ、こんなに大きいんですか?」
「ふふ、女子寮はもっと大きいんですよ。さあ登録を済ませてしまいましょう」
不知火さんによると、紋章の出現率は男女比三:七で、なぜか女子の方が多い傾向があるらしい。
「寮内はもちろんですが、学校内のすべての施設で夢神さまの紋章パターンが登録されておりますので、かざすだけで利用できます。部屋の鍵にもなっているので、締め出される心配もないですよ」
鍵を失くす心配もないし、学園都市内であればお金を持ち歩く必要すらないのはありがたい。
「食事は寮内だけでなく学園都市内のどこのお店でも無料で利用できます。洗濯モノや必要なモノがあれば、フロントに依頼しても良いですし、直接構内にある売店や専門店を利用することも出来ます。学校活動に必要のない趣味などの買い物については自費となりますが、学生には毎月特別手当が支給されますし、ダンジョンに行くようになれば素材買取の半分が生徒自身の収入となりますので、よほどのことがない限り、お金の心配は必要ないと思います」
毎月十万円の特別手当……衣食住が無料で利用できる環境で多すぎる気もするけど、ここにやってくる学生は、地元を離れ拒否権なく強制的に集められていることを考えればそれくらいは普通なのかな?
さらにダンジョン素材の買い取り収入は、一年生でも毎月数十万はあるらしいから、たしかにお金の心配は無さそう。
「ここが夢神さまのお部屋となります」
すでにネームプレートが設置されているドアに紋章をかざすとロックが解除される。
「えええっ!? こんな広い部屋に一人で?」
あまりの広さと豪華さに驚いた。大家族でも余裕で暮らせそうなすごい部屋だ。
「ふふ、最初はそう思うかもしれませんが、ダンジョン活動が始まるとこれでも手狭に感じるようになりますよ」
そういうものなのだろうか。とりあえず持ってきた荷物を置いて窓からの眺めやベッドの固さなどを確認してみる。
最上階にあるこの部屋の景色はうっとりするほど綺麗で壮観だ。学校はもちろん学園都市を遠くまで見通せるし、ダンジョンも見える。
「夜はまた違う光景が見られますよ」
学園都市のライトアップは有名らしい。一般人は入れないので、人ごみに悩まされることもない。
「これってやっぱりダンジョン素材使っているんですか?」
さらに驚いたのはベッドの寝心地だ。固すぎず柔らかすぎず、肌触りも最高。
「はい、もちろんです。少しでも快適に過ごしてもらうために、学生たちには発売前の新素材を優先的に使ってもらうようになっているんです。もちろんモニターとして実際に使ってもらうことでより改良するという狙いもありますが」
びっくりするぐらい快適だ。ダンジョン素材は一般的にはまだまだ高価だから、庶民には高嶺の花。
「使い込むと使用者に合わせた最適な固さなどを搭載されたAIが学習して微調整してくれますので、どんどん使い心地が良くなるはずです。また、季節や湿度などリアルタイムに対応してベストな環境と睡眠の質をサポート――――と四葉の説明書にはありますね」
うひゃあ……このベッド四葉製なのか。きっととんでもない値段するんだろうな……。