第三十八話 葵と混浴 後編
「そういえば、なんで敵は四葉さんを狙っていたんだろうね?」
「……おそらくは四葉グループの技術を盗み出すためかと。ここだけの話ですが、四葉の研究にはすべて私が関わっていますから」
「そうなんだ……すごいね四葉さんは。でもそうなると技術を盗むだけじゃなくて研究開発を止めるためっていうのもあるかもしれないね」
夢神さまの意見になるほどと納得する。
たしかに私の身柄を押さえれば四葉グループ、ひいては日本の優位性が揺らぎかねない。自分で言うと自意識過剰かもしれませんが、事実として十分起こりえること。
今回は助かりましたが、今後のことを考えれば、私が居なくても支障が出ない体制を作る必要はありそうですね。
「運命さんが言っていたんだ。あの異形……魔人とかいう連中は帝国が生み出した新たな脅威なんだって」
「ああ、聞いています。なんでも人と魔物を融合させたものなんだとか。そこまでして世界征服をしたいのでしょうか? 私には理解できませんね」
嫌な記憶が蘇る。前回私が生きた世界は人間同士の愚かな争いが原因で世界は崩壊した。
私は……それを止めなければいけない。それこそが私がここにいる理由だと思うから。
「四葉さん、大丈夫だよ」
突然温かいものに包まれた。夢神さまが抱きしめてくださったのだと理解するまで少し時間がかかってしまったけれど。
「夢神……さま?」
「そんな辛そうな顔しないで。大丈夫、運命さんだっているし、僕だってこう見えて強いんだから。だから大丈夫。帝国なんかに負けないから」
大丈夫――――その言葉がすっと心に沁み込んでくる。すべてを抱え込んで張りつめていた心が解きほぐされてゆくような気持ちになる。
「あ、ありがとうございます。ありがとう――――」
そこから先は言葉にならなかった。
ただ嗚咽しか出てこない。そうか……私は思っていた以上に自分を追い詰めていたのですね。
二度目の人生、物心ついたときからひたすら全力で走ってきた。誰にも理解してもらえない、世界が終わることを知っているのは私だけ。だから私が何とかしなければ――――
ずっとそう思ってきた。いいえ、今もその想いは変わりません。
ですが――――夢神さまのおっしゃる通り、今の私は一人ではありません。
心強い仲間が居る――――
そして――――
ともに未来を歩みたい方が居る。
「夢神さま」
「はい四葉さん」
「私も貴方の婚約者、許嫁にしてください」
元よりそのつもりではありましたが、はっきりとわかりました。
曖昧な関係では駄目なのだと。覚悟と決意を形にしなければならないのだと。
「うん、わかった。よろしくね四葉さん」
……良かった。勢いで言ってしまったけれど、断られたら立ち直れないダメージを受けているところでした。
「それでですね……その……婚約者となったのですから、四葉さんではなく、葵……とお呼びくださいませ」
この世界に私を葵と呼び捨てすることを許した者はいない。アナタにだけそう呼んで欲しい。
「わかった。じゃあ葵、僕のことも創って呼んでほしいな」
はうう……葵って呼ばれるの最高です。身も心もとろけそうになります。
「わ、わかりました……そ、創、それではそろそろ出ませんか? 私、のぼせそうで……」
気付けば抱き合ったまま結構長い時間湯船に浸かっていて、意識が朦朧としている。
「あ……ごめん、そうだね……って、だ、大丈夫!? 葵――――」
「ん……あれ? ここは……」
見慣れない天井、えっと……私何をしていたんでしたっけ……
「あ、お目覚めですね?」
見慣れたアッシュグレーが揺れる。
「柴田……? 何をそんなに笑っているのですか?」
心配してくれているのかと思いきや、笑いすぎて泣いていたようだ。
「あはははは、だってお嬢様ったら、まるで王子様に抱えられたお姫様みたいでしたよ? 夢神さまから倒れたって聞いた時はびっくりしましたけど」
ひーひー言いながら畳をバンバン叩く柴田。殴ってもいいかしら?
「創には迷惑をかけてしまいましたね。お待たせしては申し訳ないので食事に行く準備を」
「ああ……お食事ですが、お嬢様が目を覚まさないので代わりに私がご一緒させていただきました」
……このメイドは一体何を言っているのでしょう? 主人を差し置いて食事!?
「まさかとは思いますが、創と一緒に食べたわけではないですよね?」
「はい、夢神さまと二人きりで楽しいディナーを。仕方なかったんですよ。キャンセル出来ませんし、せっかくのお料理がもったいないって夢神さまが」
むう……たしかに私自身が招いたことですから仕方ないですね。創の有意義な提案を断れば失礼になりますし。
「はああ……料理も美味しかったんですけど、もう夢神さまが素敵で……可愛いしお優しいし、極上のデザートみたいな甘い笑顔が最高でした……」
ちょっと柴田!? なに瞳をハートマークにしているのかしらっ!? やはり殴っても?
「……それは良かったですね。創に感謝しなさい。それよりお腹が空きました。何か入れておきたいのですけれど――――」
「あれ? 怒らないんですか? それにその呼び方……なるほど、婚約者の余裕という奴ですか。お食事は四葉食品の試作品『カロリーチャージ』で良ければありますよ」
げっ……またそれですか。もう試作段階で食べ過ぎてしばらく見たくないほど飽きているんですが……
時計を見るとすでに創の部屋に行く時間が迫っている。食堂へ行く暇はなさそうですね。
「とりあえず食べておいた方が良いですよ? ベッドでお腹が鳴ったらムード台無しですし」
「な、何を言っているのですっ!? わ、わかりました。食べれば良いんでしょ? 食べれば」
柴田ったら……変なこと言うから意識してしまうじゃないですか。
お気に入りのチョコ味を口に入れながら身支度を始める。
「ふんふふ~ん♪」
「……柴田?」
「なんですかお嬢様?」
「さっきからなんでそんなにご機嫌なのですか? それにその格好……」
「ええ~? やっぱりわかっちゃいます? 実は夢神さまから誘われちゃいましてね。いやあ、あの方は大物ですよ、そしてなにより見る目がある!!」
「……もちろん断ったのでしょうね?」
「そんなの断れるわけないじゃないですかあ! 即断即決、急遽一番お気に入りのネグリジェ持ってきましたよ」
自慢げに薄い胸を張る柴田。やはり一発殴った方が……いや、殴ろう。




