第三十七話 葵と混浴 前編
―― 四葉 葵 視点 ――
「はいお嬢様、では頑張っていってらっしゃいませ」
満面の笑みで背中を押してくる柴田。むう……完全に楽しんでいますね。
「し、柴田、付いてきてくれるんじゃなかったのですか?」
「行っても構いませんが、逆に考えて、もし夢神さまがお風呂に執事を伴っていたら嫌ではありませんか?」
言われてみれば……たしかに。それは嫌すぎるかもしれない。
ということはやはり一人で行くしかないのか。
夢神さまを思い浮かべてみても怖い……ことは無い。むしろあの笑顔に癒される。
うん……行けるかもしれませんね。
「では行ってきます。また後で食事の時に」
「いってらっしゃいませ」
恭しく頭を下げる柴田を横目に個室風呂へ向かう。
個室風呂エリアは完全予約制かつ個別スペースに分かれていて、入り口と出口も別。他の利用者と顔を合わせる心配はなく、受付は無人のため従業員やスタッフに見られる心配もない。
「四葉さ~ん!!」
はうっ!? 笑顔で手を振ってくる夢神さまがお可愛らしい。
「こ、こんばんわ……」
あああ、気の利いたことすら言えないとか、私どれだけ余裕が無いのでしょうか。
「ここって特別な個室風呂なんでしょう? 柴田さんから聞いて、とても楽しみだったんだよ」
楽しみにしていたと聞いてうっかり舞い上がりそうになる。違う、夢神さまが楽しみにしていたのは私じゃなくて特別仕様のお風呂! 勘違いしない!
「あ、ごめん、勘違いしないでね、四葉さんと一緒にお風呂に入るのが楽しみだっていう意味だから。お風呂が楽しみなのも本当だけど」
うわあああっ!? 勘違い訂正しないでくださいいいいい。顔が熱い、全身から湯気が出そうです。
「じゃあまた後で」
さすがに脱衣所は別々にしてもらいました。今更何を恥ずかしがっているんだと言われそうですが、それとこれとは話が別です。脱いだり身体を拭いたりしているのを見られるのは、まだ少々抵抗があるのです。
それにしても……ずいぶんと立派な造りですね。
総檜造りの浴室、まだ新しい木の香りが心地良いです。
制服を脱いで一糸まとわぬ姿に。
使用人に裸を見られることには慣れていますが、なんだか緊張してきました。
念のため鏡で全身チェックしておいた方がいいですよね?
いつも褒められていたから気にもしていませんでしたが……
うーん、もしかしてまた太ったでしょうか? 特に胸回りと腰回りが最近気になっているのですよね……。
とはいえ、今更どうにかなるはずもありませんし……
しまった。あーでもないこーでもないしていたら、すっかり遅くなってしまいました。夢神さまをお待たせしてしまうとは大失態です。
「お待たせして申し訳ありません」
「ううん、全然待ってないよ。僕も今来たところだから」
うう……夢神さまがお優しい。明らかに待っていたはずなのに、嫌な顔一つなさらない。
それよりも――――
はうううっ!? な、なんと堂々とした立ち居振る舞い!
タオルで隠すこともなく、その細身だけれど引き締まった身体を惜しげもなくさらしてらっしゃる。
その曇りなき眼と同じ……やましいところ、隠すべきものは何一つないという眩しいほどの自然体……
それに引き換えこの私は――――
この期に及んでタオルで隠している自分が恥ずかしくなってきました。夢神さまがあそこまで全身で受け止めてくださっているのですから、私も見習わなくては……
「わあっ!! とっても綺麗です四葉さん」
文字通り一糸まとわぬ姿となった私を手放しで褒めてくださる夢神さま。くすぐったいような恥ずかしいような……でもとても嬉しく誇らしい気持ちになります。
「夢神さまこそ素敵ですわ」
なんでしょうねこの感覚。すべてを取り払ったことによって生まれる安心感と一体感。なるほど……混浴というのは、こうして互いの心の距離を近づけるための場所なのですね。
古来日本人は混浴によって和を為してきたと云われていますからね。まさに先人の知恵といったところでしょうか。
「お背中流しますね」
それぞれ身体を清めたあと、夢神さまの背中を洗って差し上げる。
初めて触れる殿方の身体……女性のものとは全然違うのですね。なんだかドキドキしてきました。
「ありがとう四葉さん。今度は僕が洗ってあげるね」
「ふえっ!? よ、よろしいのですか!?」
殿方の背中を洗うとは聞いていましたが、洗ってもらうなんて聞いていなかったんですが。
「うん、僕、毎晩おばあちゃんの背中洗ってあげていたから得意なんだ。楽にしていてね」
おばあさまの話をなさるときの夢神さまは本当に優しいお顔になるのですね。私は家族と入浴する機会がありませんでしたから、想像することしか出来ないのですけれど……
「はうっ……!?」
「大丈夫? 痛かった?」
「い、いいえ、あまりにも気もちが良くてつい……」
「そう? それなら良かった。でも四葉さんの肌、びっくりするくらい滑らかで、とっても綺麗な桜色なんだね」
あ、あの……桜色なのは恥ずかしいからだと思います。そんなことを言われたらますます色が濃くなってしまいますよ。
なんとか恥ずかしさを耐え抜きいよいよ湯船へと向かいます。
「うわあ……立派な木のお風呂だね」
瞳を輝かせている夢神さまが少年のようで可愛らしい。
趣ある薫り高い湯船と絶景を背に佇むその姿は、まるで一枚の絵画のようです……切り抜いて部屋に飾ることは出来ないでしょうか。
「浴槽は樹齢五百年以上の檜、それも赤身材を使った最高級品だと聞いております」
「へえ……よくわからないけどすごいんだね。じゃあ入ろうか?」
「はい!」
え……えっと……これは……困りましたね。
これは本当に二人用なのでしょうか? 明らかに狭いんですけどっ!?
「ふう……気持ちが良い。どうしたの? 四葉さんも早く」
くっ、夢神さまは気にもしていない。
ということは、一般家庭ではこれが二人用の標準ということなのですね。互いの肌が思い切り密着してしまうであろうこのサイズが……
そうですよね、心と体の距離を一気に縮めることが混浴の目的であり意義であるのなら、当然と言えば当然の話。
「失礼します」
思い切って湯船に身体を沈める。
夢神さまが入りやすいように手を差し伸べてくださったのですが、なんとなく手を離すタイミングがわからず、手を繋いだまま密着している状態になってしまったのですがっ!?
こ、これは大丈夫なのでしょうか?
しかも――――入るときに向き合う形が恥ずかしかったので、結果的に夢神さまに後ろから抱きかかえられるような形になってしまっているのですが――――これはかえって恥ずかしいかもしれません。
ドキドキと湯の熱が相まって、私の肌はきっと桃……いいえ、イチゴのように真っ赤になっているに違いありません。
「でも嬉しいな」
「な、何がですか夢神さま?」
み、耳元で夢神さまの吐息がっ!?
「運命さんと入るときは僕だけ裸だからなんか恥ずかしかったんだけど、四葉さんは水着じゃなくてちゃんと裸になってくれたから嬉しいんだ」
な、なんですって!? もしかして水着でもよかったのですか? くっ、柴田……知っていてわざと言わなかったのですね……。でもまあ夢神さまが喜んでらっしゃいますし、結果的には良かったのかもしれませんね。それに……あの運命さまですら出来なかったことを私がしているというのは悪い気はしませんし。
「あ~、でも寝るときは逆に裸なんだよね運命さん……」
くっ、さすがは勇者さま、自由ですね。わ、私だって夢神さまが望まれるのであればそのくらい……




