第三十五話 緊急対策会議
総理官邸特別対策室
「――――というわけで、今回の事件の背後には間違いなく帝国が関わっていると思われます」
総理直属の上級調査官氷川 紫が、これまでにわかっていることを集まったメンバーに説明する。
「ありがとう紫ちゃん」
説明を聞き終えた運命は深く考え込む。
帝国――――ユーラシア大陸の大半、旧中国からロシアに至る広大な地域に跨る独裁色の強い強権的な専制国家。富国強兵を推し進め、なりふり構わぬやり方でひたすら領土を拡大、日本や同盟諸国にとっては不倶戴天の敵性国家である。
そのため、現在日本のダンジョン政策は対帝国を念頭に進められており、今回の事件の背後に帝国が居ると聞いて驚くものは誰一人いない。むしろ違ったら逆にびっくりするレベルの話だ。
「……それで? あいつらは一体何なんだ? 人間離れした容姿と能力……かといって魔物にしては人間に近いようだった。今まであんなの見たことがないぞ」
最強忍の一角、『死神』黒崎 零は紫に疑問を投げかける。
「それはですね、あくまで推測の域を出ていないのですが、どうやら人間と魔物のハイブリッドのようなのです。便宜的に『魔人』と呼んでおりますが……」
零の刺すような視線、常人ならば気を失いかねないが、紫は涼しい顔で答える。
「はあっ!? 魔物と人間のハイブリッド!? 帝国の奴ら頭おかしくなったのか? いや……元からヤバい連中だったか」
零は呆れたように肩をすくめてみせる。
もし人間に魔物を融合させるという帝国の所業が事実なら――――
集まった精鋭たちもさすがに戦慄せざるを得ない。
「零、そういえば忍を操り魔人を率いていたと思われる存在がいたというのは事実か? 私が追っていた失踪事件の犯人像と重なるのだ」
龍神 綾が零に確認する。
「ああ、人語も話すし、不完全な化け物みたいな魔人とは違って、明らかに存在感が段違いだった。実際の戦闘能力はわからないが、全力でやらなければヤバい……そう本能が訴える程度には危険な存在だと思う。運命さまみたいな転移もどきも使っていやがったしな。正直あんなのを帝国が創り出せるとは思えないんだが――――」
死神と畏れられ、運命を除けば最強クラスの実力を持つ零が本気で対峙せねばならない相手。
それが事実であれば、完全に想定外の存在であり、安全保障にも大きな影響が生じる。
「……魔族……かもしれないね」
黙って考え込んでいた運命がようやく口を開く。
「運命さま、魔族とは一体?」
「私が飛ばされた異世界で頂点に君臨していた連中。連中の王が魔王と呼ばれていて、気まぐれに国を滅ぼしてみたり、人間の国家を乗っ取ってみたり……一言で言えば、人類の敵、災厄ってとこかな。私の転移なんかは、もともと上位の魔族が使っていた能力をコピーしたものだからね。もし魔族がこちらの世界にやってきていて帝国に加担しているのだとしたら、本気で世界の危機かもしれない」
運命の言葉に集まったメンバーは重苦しい空気に包まれる。
「仮に魔族だとして、なぜそんな危険な連中がこの世界に……?」
重苦しいムードを変えようと零が疑問を呈する。
元々この世界の人間だった運命が向こうの世界へ行ったように、帝国が召喚したのだろうか?
「それなんだけどね、魔人を見てからずっと考えていたんだ。たしかに魔族の連中は強大な力を持っているけど、世界を移動するような力は無い……というか出来ない。となると、可能性として考えられるのは――――」
あまり口にしたくない様子で一呼吸置く運命。
「――――帝国内に、ダンジョンがあるのかもしれない」
予想外の言葉に言葉を失う一同。
ダンジョンが他でもない日本に出現したからこそ、世界はギリギリでバランスを取っていたのだ。帝国にダンジョンが出現していたとなれば、世界のパワーバランスはあっという間にひっくり返る可能性がある。
「あはは、そんな絶望的な顔しない。あくまでもダンジョンのような異世界との接点が出来たんだとは思うけど、日本に出現したようなダンジョンではないような気がする。もしそうなら、とっくに帝国は非人道的な方法で攻め込んできていたはずだろうしね。もっとも、つい最近出現したからまだ戦力が整っていないという可能性も排除出来ないけど」
少なくとも帝国領内に、異世界との繋がりが存在する可能性がある。これは日本にとって死活的に重要な懸念であることは間違いない。
「もう一つ気になるのは、魔族と魔人がダンジョンに侵入出来ているという事実です。逃げた魔族に関してはわかりませんが、確保した魔人には紋章らしきものは確認できておりません」
調査官である紫の言葉に驚く一同。
ダンジョンに入れるのは紋章を持ったものだけ。もし紋章を持たない魔人が入れるのであればその前提が崩れることになってしまう。
「あ~、それなんだけどね、たぶん魔族が転移で連れ込んだんだと思う。言う必要もなかったし、言うつもりもなかったけど、こうなってしまった以上、黙っているわけにもいかないよね」
なるほどと頷きつつ、なぜ黙っていたんだと運命を非難するものはいない。
ダンジョンが出現してから十年、それこそ寝る間をも惜しんでダンジョンを攻略し、忍を育成してきた運命。持てるリソースを全てつぎ込んで、それでもここまで来るのに十年かかったのだ。
紋章持ちでなくとも転移で入ることが出来るとわかってしまえば、人口の99%以上を占める人々の不満の矛先は運命に向かうことになる。この世界で転移が使えるのは彼女しかいないから当然そうなるわけで、これ以上勇者の負担が増えることは誰も望んではいない、
人間の欲望は上限を知らない。出来ないとわかっていれば諦められるものだが、出来る可能性があると知ってしまえば抑えることは出来なくなる。
だから運命は黙っていた。
面倒が増えるからではない。その必要性を感じなかったからだ。
「魔族の脅威は一旦置いておくとして、問題は『魔人』だ。連中パワーだけなら白金ランクを凌駕する。単体ならともかく、数を揃えられるなら厄介だぞ」
零の言葉に、同じく直接魔人と対峙した運命、綾も同意する。
忍が誕生してから十年しか経っておらず、引退した者はいないが、かといって全員が戦えるというわけでもない。もし帝国が数千、数万という魔人を生み出すことが可能だとすれば、防ぎ切る事は難しい。ダンジョンが敵の手に落ちれば、帝国の悲願である世界征服も容易に達成できるだろう。
「その件について、どのように生み出されているのかは不明ですが、現時点で魔人という存在が完全というわけではないようです。確保した魔人はすべて肉体が崩壊して死亡しました。もちろん技術自体は完成していて、失敗作を使って性能実験をした、あるいは油断させる意図があった可能性もゼロではありませんが、私のみたところ技術というよりは、強引に融合させたようにしか思えませんので、現状は使い捨ての生物兵器と考えて差し支えないでしょう」
調査官の報告どおりであれば、魔人には時間制限がある。それでも脅威であることに変わりはないのだが、同時に運用できる数に制限がありそうだというのはわずかながらもポジティブな要素に違いない。
会議は続く――――




