第三十三話 伊吹とさくら
―― 案内人 不知火 伊吹視点 ――
「……暇ですね」
やらなければならないことはたくさんあるのですけれど、満足に動けない現状では大人しくしている他ないのが辛いです。
寝ようにも痛みで寝付けませんし、敵との戦闘がフラッシュバックしてそもそもそんな気分でもありませんし。
なまじ考える時間があるからため息が出る。
わかってはいましたが……悔しいものですね。
無意識に歯を食いしばったくらいのことで、全身が悲鳴を上げる。
幼少の頃より不知火流きっての天才と呼ばれ、更なる高みを目指して門下生の誰よりも努力を重ねてきた自負はある。
でも……それでも及ばなかった。
ダンジョンで経験を積んだ忍はもはや人間の枠を大きく外れてしまう。
下忍ですら単純な身体能力だけでいえば、生身で勝負になる人類は存在しない。ましてや中忍以上となれば、もはや兵器だ。生半可な銃火器では満足なダメージすら与えられない。
ダンジョンが出現してから十年……今はまだ良い。でもこの先忍が増えていった場合、世界は……この国はどうなってしまうのだろうか。忍の力が加齢による老化を抑制する報告が上がっているけれど、どこまで寿命に影響するかは相当先までわからない。忍は最高齢でもいまだ三十代なのだ。
さすがに不老不死ということはないだろうが、健康に活動できる時間が長くなるのは間違いないだろう。そうなれば、ますます一般の人間との格差が広がることになる。
忍と非忍の対立や分断は絶対に避けなければならない。
そういう意味で、今回の犯行グループに忍が居たことはあまりにも影響が大きすぎる。仮に操られていたにせよ、だ。おそらくは真相が判明するまで公表はされることはないだろう。
あらためて思い知らされた……どんなに努力を重ねても――――
――――私は忍にはなれないのだ。
そして……老いゆく私はいずれ表舞台から身を引くことになる。夢神さまの隣で同じ景色を……同じ人生を生きることは望むべくもない。
悔しい……悔しいな。一度は諦めたつもりだったのに涙が止まらない。
はあ……夢神さまを守らなければならないのに、私がこんな有様ではいけませんね。戦うことだけが存在価値ではないことを知っているじゃないか。自分自身を下げる考え方は何も産まない。
よし、気持ちを切り替えよう。こんな情けない顔、夢神さまに見せられないですから……ね。
そういえば運命さまが優秀な治癒師を手配してくださったと聞きましたが、いつ頃いらっしゃるのでしょうか? 身体が弱っていると心まで弱くなりますから、一日も早く元のように動けるようになりたいものです。
ふと見れば、窓の外は先ほどまでの争いが幻だったかのように平和で、散り始めた桜の花びらがひらりと窓枠を彩っている。
運命さまが駆け付けてくださらなければ、あの桜のように散っていたのですね。
潔く散ることを選んだことに後悔はない。あの時はそれが私に出来る唯一のことだったと信じている。
ですが……今こうして生き残れたことに感謝の気持ちが湧いてきます。
生きてさえいれば、少なくともまた夢神さまに会えるのですから。
ああ……早く会いたい。夢神さまの笑顔を愛でたいです……。
「あの~、不知火さんという方を探しているのですけど~……」
ひょこっと病室の入り口から顔を覗かせたのは、ふわりとした桜色のロングと瞳が印象的な巫女装束の若い女性。母性を感じる豊かな胸と同性の私ですら見惚れるほどの透明感のある可憐な美貌。
「あ、はい、不知火は私ですが……も、もしかして……運命さまが言っていた治癒師って……」
「あ、はい~、日向 さくらと申します~」
見た目と同じゆるい感じで頭を下げる日向さま。
「不知火 伊吹です! 起き上がれないので、こんな格好で申し訳ないです。ま、まさかあの『桜花』の日向さまに来ていただけるなんて……」
日向 さくら。
ほんわかした見た目に騙されてはいけない。運命さまが鍛え上げた四天王の一角で『桜花』の異名を持つ天空ランクの上級忍だ。
『死神』や『龍神』のように戦闘特化タイプではないものの、当たり前だが普通に強い。噂では生きてさえいればどんな状態でも現状回復可能だと聞いているけれど……。
「あはは、気にしないで~。私も入浴中突然現れた運命さまに強引に連れてこられただけだから~」
ひらひらと手を振り微笑む日向さまは同性の私から見てもじつに可愛いらしい。
それにしても入浴中に連れてこられたのか……。運命さまもなかなか無茶をしますね。
どうりで髪もしっとりしているし、そこはかとなく湯の香りを感じる。他人事ながら自分のためにと思うと申し訳ない気持ちで一杯になる。
「なんというか……運命さまらしいですね」
「そうなのよ~自由過ぎますよね~あの方。でも……自分のためというよりは、いつも誰かのために動いている人だから……私はとても尊敬しているのですよ~。さあ不知火さん、ちゃちゃっと治しちゃいましょうか~!」
たしかに。今回だって私なんかのためにわざわざ……。
『桜花』の治療はお金では買えない。VIPであっても受けることは難しいと聞いています。本当にありがたいことですね。
「不知火さん~、申し訳ないんですけど全部脱がせますね~」
にっこりしながら部屋の鍵を閉める日向さま。
「あ、あの……それは全裸になる……ということでしょうか?」
「そうですよ~、簡単な治療ならそこまでする必要ないですけど、雑にくっ付けられた右腕、それに見たところ全身……おそらく内臓までダメージ入ってますからね~。隅々までくまなくじっくり診させていただきますから~!」
妙に気合の入っている日向さまが少し怖い。
同性とはいえ、全裸はさすがに恥ずかしいものがありますよ?
「大丈夫ですよ~。痛くしませんから~」
関節をバキバキ鳴らしながら、ハイライトの消えた瞳で服に手をかける。あの……今なぜ関節鳴らしたんですかあああ!? 必要あります!? その演出。
「はい、お疲れ様~。身体の調子はどうですか~?」
「あ、はい、もうすっかり元通りです! 信じられないですね」
予想に反して治療時間はあっという間だった。おそらく三十分とかかっていないはず。それも大半は治療が必要な場所を特定するための触診で、治療に至っては数分しかかかっていない。
いないのだが……
「むふふ、不知火さんの身体とっても素敵でした~。女の子ですからね~、傷が残らないように完璧に治しておきましたよ~」
なんというか触り方が……ね。あはは……。
でも普通なら数か月まともに動けない可能性があったわけですし、傷どころか後遺症が残る可能性もあった。もう感謝しかないです。
待っていてくださいね! 夢神さま。
「あ、気合入れるのは良いんですけど~、念のため明日まではこのまま安静にしていてくださいね~。急激に治すと脳が混乱するんですよ~」
私が頷くと、日向さまは満足そうに微笑むのだった。




