第三十一話 斜め上の『告白』?
「四葉さん……」
「は、はい、何でしょうか?」
もしかして私の顔が赤いこととか、心臓がドキドキして大変なことになっていることを気付かれた? 思わず声が上ずってしまいます。
「お願いがあるんですけど、その……ですね」
「お、お願い? は、はい、その……わ、私にできることでしたら……」
なんでしょう、ものすごく照れくさそうで言い辛そうにしていますね。
はっ!? ま、まさか……これは噂に聞く『告白』というものでは?
わ、私とお付き合いしたいとか、そういうことなのでしょうか?
ま、待ってくださいませ、ま、まだ心の準備が……
私は四葉の令嬢……いずれ国のため、四葉のために最大限利益のあるお相手と政略的に結婚すると思っていましたから、殿方とお付き合いをする可能性なんて考えたこともありませんでした。
で、ですが……夢神さまは、命の恩人でもありますし、そ、それに……とっても可愛いらしいですし、どうしてもって言うなら、お友だちから始めるくらいなら前向きに検討しても――――
「今夜、僕の部屋で一緒に寝てくれませんか!!」
ひええええっ!? い、いきなり!? そこから……ですのっ!? あわわわわ……えっと、あの……さすがにそれは……マズいと言いますか……いえ、決して嫌とかいうわけではないのですが――――
ああ……なんという真剣で真っすぐな眼差し……微塵もやましいところの無い綺麗な瞳……
そ、そんなにこの私が欲しいんですのね……。
ま、まあ私も二回目の人生ですし、身体はともかく精神的には大人ですからね。
お父様やお母様にも受けた恩はしっかり返しなさいと言われてきましたし、先程、私にできることならすると言った手前、四葉の誇りにかけても今更出来ないなんて言えないのはたしかですが……。
「いきなりこんなこと言って困惑すると思いますけど、この国を守るためなんです!!」
こ、この国を……守る? ま、また随分スケールが大きい話になってまいりましたねっ!?
ですが……それはまさに私がこの生涯をかけて為そうとしていること……
「勇者である運命さんがそう言ってました」
さ、運命さまがっ!?
私と夢神さまが床を共にすることが国を守ることとどう繋がって来るのかわかりませんが、それが本当ならばこの話、受けないわけにはまいりませんね。
「わ、わかりました。それでは今夜、伺わせていただきます」
ま、マズいですわね、湯気が出そうなほど顔が熱い……もう夢神さまを直視出来ません。心音がうるさくて……聞かれてしまっているのでは……?
「良かった。何時くらいになりそうですか?」
「そ、そうですね……では八時に」
なんという爽やかな笑顔、そこまで喜んでくださるなんて……
はっ!? で、ですが、八時で良かったのでしょうか? と、とにかく戻ったら柴田に相談して……
「あ、お風呂はどうします? 一緒に入りますか?」
おおおおおおお風呂おおおおお!? む、夢神さま、それはさすがに……
いや……ですが、一緒に寝るというのなら、それも当然ですよね。お背中を流すのも淑女のたしなみだと言いますし……。
「そ、それでは、お風呂の予約はこちらでしておきますので、詳細は追ってご連絡いたします」
「そうですか。助かります」
た、大変なことになってしまいました……し、柴田に……一刻も早く相談しなければ。
「あ、あの……夢神さま、ちょっと今夜のことを案内人に連絡してもよろしいでしょうか? 色々……その……準備もあると思いますので」
「あ……そ、そうですよね。ごめんなさい、僕が急にお願いしたりするからご迷惑を……。僕、適当に向こうで時間潰してますから気にせずごゆっくり」
夢神さまは……もう十分離れましたね。
一刻も早く今夜のことを相談するため、メイド兼案内人である柴田へ連絡を入れる。
『葵さまっ!? ご、ご無事ですか!!』
見慣れたアッシュグレーが画面の向こうに映し出されるが、表情は青ざめている。
そうでした……あまりの衝撃的な展開に忘れていましたが、先程襲われたばかりでしたね。ですが、なぜ外にいたはずの柴田がそのことを知っているのでしょうか?
「ええ、無事ですよ。ですが、なぜ私が襲われたことを柴田が知っているのです?」
黒崎先生にですらこれから伝えるところだったのに。
『えええっ!? お、襲われたのですかっ!? た、大変じゃないですか!!』
顔面蒼白で卒倒しそうになる柴田。
「え? 知っていたんじゃないのですか?」
『違います。ダンジョンシティや学校関連施設に大規模なテロ攻撃がありまして……つい先ほど、ダンジョンでもテロが発生したと連絡が入って居ても立っても居られず……』
そうか……立て続けに、同時多発的な事件が起これば心配にもなりますね。
「そうですか。それで、そちらの様子は? 学校は無事なのですか?」
『はい、学校自体は無事ですが、残念ながら関連施設で兵士に死者が出ております。他にも負傷者が多数出ているようですが、治癒部隊の活躍で民間人には今のところ死者は出ておりません。ですが……病院や治療施設は、さながら野戦病院のような状態です。じき政府から本隊が到着しますし、すでに敵勢力は一掃されておりますので、今は大きな混乱はない状況です』
「……そうですか」
……どうしよう。
ものすごーく切り出しにくいですね。こんな大変な時に殿方の部屋にお泊まりに行くなんて言ったら正気を疑われてしまわないでしょうか……?
『……葵さま? どうしました? 何か私に用件があったんですよね?』
うっ……鋭い。伊達に私が小さい頃から一緒に居るわけではありませんね。仕方がありません、今更柴田に良い顔をする必要もないですし。覚悟を決めましょう。
「あ、あのですね……実は――――」
『……は? それで葵さまはOKされたわけですか? それ普通に考えたら絶対におかしいですって』
「ですが、そんなこと勇者さまが意味もなく仰るはずがありません。それに……」
『はは~ん? もしかして意外と葵さまも満更でもないのでは? 夢神さまってめっちゃ可愛いですものね。案内人仲間の間ではめちゃくちゃ大人気なんですよ」
「か、可愛い!? そんなこと……ありますけど、違います、そんな軽い気持ちでは私はっ!!」
『はいはい、わかってますよ、国を守るためですよね』
柴田の肩が、小刻みに震えているような気がする。
「な、なにが可笑しいのかしら? 私は真剣に相談しているのですが」
『も、申し訳……くくっ、ございま……ぷぷ、せん、葵さまがあまりにお可愛いのでつい』
気のせいでもなく思い切り笑ってますよね。もう隠す気ゼロじゃないですか……。なんだか悔しいですね。
「私は殿方と一緒に入浴したり同衾するというのは初めてですが、そこまで笑うということは、さぞかし柴田は経験豊富なのでしょうね?」
ちくりと嫌味を言ってやりました。
『まさか! 私だってそんな経験あるわけないじゃありませんか。ですがご安心ください。知識だけは完璧ですから、お帰りになられたら葵さまにしっかり伝授して差し上げます』
あ……この表情、柴田め……完全にこの状況を楽しんでいますね。くっ……ですが、他に頼る人もいませんし。
画面の向こうで柴田の頬が緩み切っているのを見て、嫌な予感を覚える葵であった。
武富京吾「おい、俺さまのこと忘れてないか?」
鬼頭先生「武富、気持ちはわかるぞ」




