第三十話 この気持ちはなんですか?
「……トレントは出現までの時間が長いモンスターですよね」
魔法陣から出現するボスは、種類によって姿を現すまでの時間が異なる。一般的にサイズが大きいモンスターほど出現時間が長いとされているのですが。
こうしている間にも敵に逃走されてしまうのではないかと考えると、どうしようもなく焦ってしまいます。
「あの……やはり龍神さまでも出現前のモンスターは倒せませんよね?」
圧倒的な強さを持つ四天王であればどうなのだろうか?
「そうだな……出来ればそうしたいところだが、それはさすがに無理だ」
やはりそうですか……これであの力技は無属性である夢神さまにしか出来ないということがはっきりしましたね。
その夢神さまがご無事でなければ、何の意味もありませんが。
「そういえば、どうしてダンジョンシティにいるはずの龍神さまがここにいらっしゃるんですか?」
ボスが出現するまでの間、気を紛らわせるため、気になったことを聞いてみる。
龍神さまが連続失踪事件の捜査のため、ダンジョンシティに向かったことは私も把握していたので、まさかこちらに来ていたとは正直驚きでした。私にとっては想定外の僥倖ではありましたが。
「ああ、その件か。実はダンジョンシティで暴れまわっていた連中を制圧した後、ダンジョン内の敵を殲滅するために運命さまに連れて来られたんだ。来てみて驚いたが、思っていた以上にダンジョン内の被害は大きかったよ。ん?……冷静に考えれば、十階の方は運命さまがすでに解決済みかもしれないな」
言われてみればその通りかもしれない。ダンジョン内であろうと自由に転移出来る運命さまが、夢神さまを放置しておくとは考えにくいではないか。仮に危険が及んでいるかどうか確信が持てなくとも、確認をするくらいなら念話を使えば一瞬で出来るのだから。
自分がいかに冷静さを失っていたかに気付いて恥ずかしくなる。
「ふふ、ようやく少しはマシな顔になったなお嬢さま。よし……さっさと倒して安心しに行こうか」
「はいっ」
龍神さまは私を抱えたまま、出現したトレントを瞬殺すると、再び出現した転移陣に飛び込む。
一瞬の浮遊感の後、景色が切り替わり、頬にかかる風がここがダンジョンの外だということを教えてくれる。
もちろん、即座に戦闘になる可能性がありますから、油断なく臨戦態勢を取っていたのですが――――
「あ、四葉さん!! 無事でよかった」
そこに居たのは、涼しげに微笑んでいる夢神さま。
「む、夢神さま……良かった、ご無事でしたか!!」
怪我はしていないだろうか? 確認しないと居ても立っても居られない。
「あ、あの……四葉さん、くすぐったいよ?」
「はっ!? も、申し訳ございません、つい……」
私としたことが、つい夢神さまのお身体をベタベタと触ってしまいました。
「ふふ、仲が良いのだな。それより敵はどこへ行った? 近くに気配は感じられないようだが?」
そ、そうでした、夢神さまがご無事なのは良かったですが、まだ状況がわかりませんし、もし逃げたのであれば、出来れば捕えておきたい。
「あ、あの……四葉さん、この方は?」
「あ、そうでした。この方は――――」
「龍神 綾だ。世間では龍神などと呼ばれているがな。敵ではないから安心してくれ」
180センチ以上あるすらりとした長身と鍛え上げた肉体。その反面エメラルドのような緑の髪と瞳が相まって女優顔負けの美貌は非現実的なほど美しい。本人に言わせれば竹を割ったような性格で、気に入ったものにはとことん優しいお姉さまなのだが、怒らせると恐ろしいので、仕事以外で近寄る男性は滅多にいない。
「え? あの有名な龍神さんですか!? あ、僕は夢神 創と言います。それにしてもびっくりしました」
ふふ、夢神さまも驚いているみたいですね。
「まさかこんなに綺麗な方だったなんて」
「ふえっ!? き、きき綺麗ってもしや私のことか?」
あら……あの龍神さまが動揺されるなんて珍しいことがあるものですね……
「はい、あまりにもお綺麗なので、びっくりして見惚れてしまいました」
……夢神さま? 私にはそんなこと仰ってくださらなかったですよね? なんとなく釈然としない気持ちです。
「そ、そうか、それは良かった。いや、良くないな、えっと、話を戻すが敵はどうした?」
さすが龍神さまですね。動揺しまくっているのに冷静さは失っていないようです。お顔は真っ赤ですけれど。
「捕まえた敵なら、さっき運命さんが連れて行きました。取り調べをするって――――」
「やはり運命さまが来ていたのか。夢神、運命さまはどこへ行くと言っていた?」
ものすごい勢いで夢神さまに詰め寄る龍神さま。ああ……そう言えば龍神さまは運命さまに心酔されていましたものね。ですがいくらなんでも近すぎませんか? あと少しでキスしてしまいそうな距離ですが……
「えっ!? は、はい、えっと、色々調査があるから首相官邸に行くって……」
「くっ、入れ違いだったか……。お嬢様、夢神、私は運命さまを追う。もう敵も居ないようだからな」
「は、はあ……」
運命さまがここに居ないとわかった途端、あっという間に姿を消してしまった龍神さま。
「あはは、なんだかすごい人でしたね」
「そうですね。少々癖の強い方といいますか……」
二人で顔を見合わせて笑う。
「どうして夢神さまがご無事なのかわかりませんでしたが、運命さまが助けに来てくださったんですね」
「あ、いや……敵は僕が倒したんです」
……は? それはどういう……
「あの……四葉さんだから言いますけど、なんか僕、すごく強いみたいなんですよ」
すごく強いみたい――――あまりの仰りように吹き出してしまいました。
夢神さまの話によると、十階に居た異形の者たちだけではなく、ここに居た複数の敵もお一人で倒したのだという。
にわかには信じられませんが、そう言われてみるといろいろ辻褄が合うのも事実。夢神さまは嘘をつくような方ではありませんし、ましてや他でもない勇者である運命さまがそう仰ったのであれば、そういうことなのでしょう。
もう駄目だと思ったあの時、颯爽と助けてくれた夢神さまの姿を思い出して胸がキュッとなる。
思わず顔を背けてしまった私を心配そうに見つめる真っすぐな瞳に顔が熱くなってしまう。
わ、私……一体どうしてしまったのでしょうか。
――――何か大事なことを忘れているような気がするのですけれど?
鬼頭&武富「おーい、誰か忘れてませんか?」




