第三話 案内人 不知火 伊吹(しらぬい いぶき)
―― 案内人 不知火 伊吹視点 ――
やったわ。ついに念願の案内人になれた。
このために血のにじむような努力をしてきたんだから。
国家を支える最重要特級人材である忍候補生には誘惑や工作も多い。特に潜在的な敵性国家からの干渉から守るために配置されているのが私たち案内人。並大抵ではなることは出来ない。
それだけ重要な任務ゆえ、案内人の仕事は、忍の卵である忍高生に堂々と接触することが認められている数少ない存在でもある。しかも一度付いた担当は問題がなければ基本的に卒業するまで継続される。世間から隔離されている忍にとって、案内人というのは家族同然かそれ以上に頼らざる得ない相手となるのだ。
そういう事情もあって、担当の案内人と卒業後に結婚する忍は意外と多かったりするし、政府もそれを推奨している節がある。公認のハニートラップとも言えなくはないが、安全保障の面を考えれば苦肉の策として仕方がない部分もあるのだろう。
一般的に一人前の忍になれば年収億を超えることもザラにある。今や忍はスポーツ選手や俳優、配信者などを抜いて結婚したい職業不動の人気ナンバーワンに君臨している。
そういう背景もあって、不安で一杯の時期から信頼関係を構築できればワンチャンあるかもしれない。
なんて話を先輩案内人から散々聞いていたけれど、私がこの職業を目指したのはそんな下心があるからじゃない。
危険を顧みず未知なるダンジョンに挑み続ける過酷な忍という存在に憧れ、それでも選ばれなかった私にとって、せめてそばで支えて守ってあげたい。それが私にできる戦い方だと思ったからだ。
そう思っていたのに……
夢神 創くん……私が専属となった忍候補生。
産まれてすぐ、乗っていた飛行機が墜落、奇跡的に生き残った男の子。
両親や近しい家族、親戚はこの事故で全員死亡。身体が弱く飛行機に乗れなかったために唯一生き残った祖母に引き取られたが、中学に入るころにはその祖母は寝たきりとなって、創くんは働きながら懸命に面倒をみていたらしい。
航空会社からの慰謝料と家族の保険金収入があったはずだが、本人は一切それには手を付けなかった……と。家族の命を代償に得たお金を使うことに抵抗があったのかもしれない。、
そして唯一の肉親であるその祖母も先日他界、天涯孤独となった15歳。
部活動や友だちと遊ぶことも出来ず、いじめられることも多かったと聞いている。
そんな環境で育ったのに、誰に対しても優しく動物が大好きな真っすぐな性格に育ったなんて……。
ううっ……泣ける。なんて良い子なのっ!? はうう……守ってあげたい。なんかそんな気持ちが止まらない。大丈夫かしら? 私……不審な人物に見えていないわよね?
着実に母性本能をくすぐってくるのに、この頼もしい感じはこの歳で反則級だと思うのよ。
大丈夫、不純な気持ちなどみじんも無いから!! 大丈夫、誰に言っているのかわからないけど。
私が夢神さまを絶対立派な忍にしてみせますから!!
◇◇◇
「夢神さま、よろしければ膝枕などいかがでしょうか?」
「ひ、膝枕っ!?」
思わず聞き返してしまった。
専用列車は完全個室となっていて、部屋に入るなり不知火さんがそんなことを言ってきたんだけど……膝枕なんてしてもらったこと無いから、正直困惑してしまう。
「緊張をほぐすためにアスリートにも取り入れられている方法ですのでご遠慮なく」
そ、そうなんだ……僕あまり世の中のこと知らないし、プロである不知火さんがそう言うのならきっと間違いないよね。
「じゃ、じゃあお願いします」
「はい、どうぞこちらへ」
にこにこしながら座席に腰かけると、太ももをポンポンして手招きする不知火さん。
太ももに仰向けで頭を預けるのはちょっと恥ずかしいけど、柔らかくて気持ちがいい。にこにこ覗き込んでくる顔がやたらと近い気がするけど、なんだかとてもいい香りがするし、リラックス出来る気がする。
膝枕ってこんなに良いものだったんだな……。
僕にはお母さんの記憶が無いけど、きっとこんな感じだったのかもしれない。
「……大丈夫ですよ。誰もいませんから」
いつの間にか僕は涙を流していたみたい。不知火さんがそっとハンカチでふき取ってくれた。
こんなに安心出来たのも、優しくされたのもちょっと思い出せないくらい。
不知火さんは黙って僕の頭を優しく撫でてくれた。
「ところで夢神さまは学校のことはどこまでご存じですか? 到着後に説明があるとは思いますが、今のうちに知っておきたいことなどあれば――――」
膝枕どころか、いつの間にか頭皮マッサージまでしてくれている不知火さん。気持ちが良くって眠くなってきた。
「えっとほとんど何も知らないのでどんなことでも教えて欲しいです」
「わかりました。では……そうですね、まず学校の規模ですが、自然発生的な紋章の出現率は毎年ほぼ安定しているので、例年一学年500名前後、同盟国枠が同数程度ですから、三学年で三千名ほどの在籍者がいます」
「思ったよりも多いんですね……半分が外国から……」
「日本全国から集められてこの数ですから決して多くはないですよ。ダンジョンから離れているからなのか、海外では日本に比べて紋章の出現率が大幅に低いのですが、なぜか日系人、もしくは日本語に堪能なものに紋章が発現する傾向が高いということが最近わかってきたのです。そのせいで世界では空前の日本語学習ブームが起きているとか」
それは興味深いなあ……神さまが日本好きだったりするんだろうか?
「外国枠の忍が採掘した素材は出身国への輸出が認められておりますので、国内以上に外国での忍の地位の方が相対的に高くなっているようです。そのまま日本に永住されてしまっても国籍を保持してもらえるように各国政府は、二重国籍の容認も含めて相当な好条件と特例措置で繋ぎとめに必死なのです。外交安全保障上、日本にダンジョンがあることは相当有利に働いていますね」
そうだよね、ダンジョンから採掘できる素材は日本の重要な産業だって中学で習ったし。実際にこの街ではダンジョン素材の恩恵を世界一感じられる場所でもある。なんだか実感がまるでわかないけど、忍がすごい期待されている職業なんだということはわかる。需要に対して圧倒的に数が足りていないということも。