第二十七話 不知火 伊吹 決死の闘い
行ける……このまま逃げ切る!!
「残念、ここは通行止めだお嬢さん」
え――――? なんで――――
そんな……逃げた先にも敵……
諦め――――るはずがないじゃない。
相手は私が忍でないことで油断をしている。
案内人を――――舐めるな
安全装置解除――――リミッター上限解除――――非常事態に付き抜刀許可申請――――承認
一時的に人間の限界を超える戦闘力を発揮する補助装備。肉体に過度の負荷をかけるので普段は制限をかけているが今は非常事態。相手は一人……やるしかない。
胸ポケットに差したボールペン型のメカニカルソードを展開する。超震動電子ブレードは鋼鉄ですら豆腐のように切り裂く。
シッ――――身体を一段低く沈めてさらに加速――――
足りないパワーはスピードで補う!
「ほう……お嬢さん、案内人か?」
相手も戦闘態勢に入った。
唯一有利な点があるとすれば、忍は基本的に案内人の装備、能力に詳しくない。油断してくれれば勝機はある。
時間をかけられない。
仲間が合流してくる。その前に倒さないと。
いざ勝負――――!!
「はあっ!!」
全速力からの回転斬りで足元を狙う。上手く機動力を奪えれば……
「うおっ!? あっぶねえ!?」
血しぶきが飛ぶが――――チッ……浅いか。
「残念だったな、今ので決められなかったアンタの負けだ、死ね!!」
さすが忍、崩れかけた態勢から強引に身体を捻って肘を打ち下ろしてくる。
でもね、そこまでは想定内よ――――
地面を転がるようにして避ける。
奥の手を使う。ブレードをフラッシュのように発光させて視界を奪う。一瞬で良い。
カカッ!!!
「うわあああっ!? 目が、目がああああ!!」
常人なら失明するレベルの閃光だけど、忍相手では目くらまし程度の効果しか期待できない。
でもこのチャンスは、逃さない――――
――――不知火紅蓮流 紅蓮の舞!!
相手の両手足の腱を切る不殺の奥義。視界が奪われた状態で避けられるものではない。
「ぐわああっ!?」
どしゃっ!! そのまま地面に叩きつけられる忍。戦闘続行は不可能だろう。
「ふう……何とか勝てましたね」
この忍、工作員だったのかそれとも……いずれにしても連行して――――
え――――?
なんだ――――影!? ――――速い――――!?
「がはっ!?」
しまった――――鳩尾に強烈な打撃が入った。息が出来ない――――
『テキハ……ハイジョスル』
「ガフッ……ケホッ……」
まさか……新手? なんだコイツは……人……じゃない!?
駄目だ……力が入らない……四葉のスーツが無ければ今ので間違いなく死んでいた……何というパワー……。
少しでもと呼吸を整えるが、それより早く異形の男が接近する。
ここまでか。
ごめんなさい……夢神さま……どうかご無事で――――
まだわずかな時間しか共にしていないはずなのに、夢神さまの様々な表情が、声が、次から次へと浮かんでくる。
今ならわかる。夢神さまと過ごした時間は、私にとって本当に大切な時間だったのだと。
愛している――――のかはわからない――――けれど好きになってしまったのは間違いない。
一言想いを伝えたかった。一緒にお風呂に入りたかった。
叶わぬ想いを抱えて私はここで逝くのだろう。
だから――――だからこそ、ただでは死なない。
この異形が存在することで、夢神さまにわずかでも危険が及ぶのなら――――
この命と引き換えにしてでも――――
――――ここで止める
『伊吹、不知火紅蓮流の極意とは――――己自身を刀身と化すことだ――――」
今なら祖父の――――師の言っていた意味がわかる。
来い――――もっと近くへ――――
踏み入れろ――――私の領域へ
神速の抜刀術――――捨て身の一撃――――身を捨ててこそ咲く花もある
研ぎ澄ませ明鏡止水の境地――――掴め回避不可の頂を
我が身はただ一つの剣なり――――
防御や回避を一切排除する捨て身の攻撃。己の肉体すら刀身と一体化させ、刹那でも早く相手に届かせることだけを目的とする究極の一撃。
その速さは弾丸をもはるかに凌駕する――――死してなお止まらない不可避の刃
――――不知火紅蓮流最終奥義
――――散華……天昇!!
ザシュッ!!!
神速の刃が異形の身体を貫く――――
『グワアアッ!?』
異形の反撃によって私の右肩から先が吹き飛ぶ――――
手応えはあった、が、わずかに……急所を外した――――ようですね。
あはは……修行が足りませんでしたね――――せめて道連れにしたかったのですが……無念……です。
出血が酷い……視界が霞んできた……まだ動けるのか……化け物め……
ぶうんっ!!
異形が力任せに私を投げ飛ばす。
もう防御姿勢すらとれません……このまま壁に叩きつけられて――――
???
……おかしい、いつまで経っても壁に激突する気配が……ない。
――――あれ? 私……まだ……生きてる? なんで……?
「ごめんね不知火ちゃん、遅くなって」
目が霞んでよく見えないけれど、
この声
この銀色の輝き
私は知っている
『ガアアアアアッ!!』
「あ、悪いけど手加減できそうにないや』
グシャ――――
『ギャアアアアアアアア!?』
異形が跡形もなく砕け散った。
「あ……」
そんなことが出来るのはもちろん一人しかいない。
勇者 世渡 運命 そのひとだ。
張りつめていたものが一気に解かれて、全身の疲労や痛みが襲い掛かってくるが、そんなことに構っている暇はない。
伝えなければ――――
「……さ、運命さま、敵の狙いはダンジョンにあるようです。夢神さまや他の皆さまは――――うっ……ご無事なのでしょうか?」
「あはは、大丈夫だって。零もいるんだし、創くんに関しては何も心配していないよ。それより不知火ちゃんの方がよほど心配だよ、ほら、医務室連れて行くから動いちゃだめだよ。もう喋らなくていいから」
そうですか……大丈夫なら良かった……です――――
「あれ……? ここは……?」
気付いたら夕日差す知らない部屋で寝かされていた。
周囲は運び込まれた大勢の負傷者たちで一杯だ。
「痛っ!?」
起き上がろうとしたら激痛が走って悶絶する羽目になる。
これは……間違いなく何本か折れてるわね。
え……? 吹き飛んだはずの右手が……くっ付いている!?
「あ、不知火さん目が覚めたのですね? 申し訳ないです。治療の手が間に合ってなくて、とりあえず右手だけは先にくっ付けて止血だけはしましたが、あくまで応急処置なので、絶対に動かさないでくださいね? 取れちゃいますから!!」
看護士さんにめちゃくちゃ念を押された。
私の怪我も重症ではあるものの、適切な処置によって命を繋ぎとめることは出来た。
命さえ繋ぎとめることが出来れば高位の治癒師によって回復することも出来るのだ。野戦病院と化したこの状況でこの程度の痛みで弱音を吐くわけにはいかない。
気にしなくて大丈夫ですとアイコンタクトを送り、少しでも痛みを感じない体勢を模索しながらゆっくりと横になる。
それにしても、大変なことになったわ……。
思わずため息が漏れる。
被害もそうだけど、ここまで侵入されたことの意味は決して軽くない。
おまけに敵には間違いなく複数人の忍がいた。
忍は原則国家に所属していて、我が国で認定された者しかいないはずなのに……
私が考えても仕方がないことではあるけれど。
夢神さまはご無事だろうか?
今は信じるしかない。あの死神黒崎零と伝説の勇者運命さまがいらっしゃるのだ。きっと大丈夫だと自分に言い聞かせる。
どうか――――どうか、ご無事にお戻りくださいね。
祈るように――――私はゆっくりと目を閉じた。




