第二十五話 『死神』降臨
助かった……情けないけど思わずしゃがみこんでしまった。
「落ち着け、一人不意打ちを喰らっただけだ。女教師風情が一人で何が出来る」
リーダー格の男がニヤリと笑うと、背後からゾロゾロと忍が集まってくる。
そんな……どうみてもさっきよりも倍以上いる。いくら先生が強くてもこれじゃあ……
「……くくっ、アハハハハハ」
「どうした? 絶望しておかしくなったのか?」
黒崎先生が笑っている?
「ヒヨコが百匹集まったところで、ライオンに勝てるとでも?」
「き、貴様……その発言、後悔させてやる。やれ!!」
リーダーの命令で半数が先生に、残りの半分が私たちの方に襲い掛かってきた。人質に取るつもりなのだろう。
「……遅いな」
「ぎゃああ!?」
「ぐわっ!?」
「ああああ!?」
は、速い……というかまったく視えないけど、次々と忍たちの悲鳴だけが聞こえてくる。
「ば、馬鹿な……」
リーダー格の男は信じられないものを見たというように目を見開く。
先生は私たちに迫る忍を的確に倒してゆく。コンマ一秒にも満たない時間の中で、一体どれだけの動きを繰り出しているのか想像すら出来ない。私たちには残像すら見えないのだ。
こ……これが……現役最強と言われる忍の力。
「て、撤退だ!!」
あっという間に半数以上がやられて、散り散りに逃げ出す男たち。
「逃がすと思っているのか?」
「ぎゃああ!?」
「ぐわっ!?」
「ああああ!?」
ダンジョン内は忍たちの阿鼻叫喚の再現となる。
「せ、先生……」
「まだだ、下がっていろ……那須野」
敵はやっつけたはずなのに、先生は気を抜くどころか、さらに集中しているように見える。
「……いいかお前たち。今から最大限防御姿勢をとれ。死にたくなければ絶対に顔を上げるな……」
「は、はいっ!!」
防御姿勢をとった私たちに先生が風のスキルで防壁を作ってくれる。
――――空気が変わった。
とてつもないプレッシャーに吐きそうになる。
怖い怖い怖い――――恐ろしくて震えが止まらない。
違った――――さっきまでの先生は全然本気なんかじゃなかったんだ。
やっと意味がわかった。『死神』と呼ばれる意味を。
そして――――その先生が本気を出さざる得ない何かが起ころうとしていることがどうしようもなく怖い。
「うわあっ!? た、助けてくれ……ぎゃあああっ!?」
遠くで忍が吹き飛ばされて崩れ落ちる音が聞こえる。
「来たか……」
黒崎先生がつぶやく。
『あれれ~? なんだ皆やられちゃったんだ。弱っ!! 忍って弱っ!!』
姿を現したのは、人間とも魔物とも判別の付かない異形の男たちを引きつれたグラマラスな女。
ただし、コウモリのような翼を持ち悪魔のような曲がった角が二本、頭部から生やしている。おそらくは人間ではないのだろう。
「貴様が忍を操っている張本人だな?」
『……へえ? 私の淫気をまともに受けて正気を保てる人間がいるとはねえ。まあいいわ、お前たち、やっちゃいなさい』
異形の男たちが無言で前に出る。
「コウモリ女、お前は戦わないのか?」
『私、戦闘なんて汗臭いの大っ嫌いだしい、飽きちゃったから帰るねえ。バイバイ~』
そう言ってコウモリ女は消えてしまった。
『があああああっ!!』
女が姿を消すのと同時に、解き放たれた矢のように異形たちが襲い掛かって来る。
――――冥葬黒連撃!!――――
何が起こったのかまったくわからなかった。
気付いたら異形の男たちが動かなくなっていて、先生が彼らをリュックに押し込んでいるところだったから。
◇◇◇
「いやあ、夢神くんのおかげで私にとっても楽しい実習だったよ」
鬼頭先生にも楽しんでもらえて良かった。
行き止まりだった部屋の奥には新たな通路が出現していて、奥には上層階への階段と下へ降りる階段が見える。
「先生、あのもう一つの通路は何ですか?」
「あれかい? あれは転移陣といってね、階層主の部屋に出現する仕組みになっているんだ。あそこにある魔法陣に乗れば、一気にダンジョンの外まで移動することが出来る。今回は戻るだけだから実際に転移陣を使うことになるね」
へえ……そんな便利なものがあるんだ。階層主ってことは、十階毎に転移陣があるってことだよね?
「転移陣って危険じゃないんですか?」
「ははは、怖がりだな夢神は! 大丈夫だ。転移陣の出口は固定されているし、通常の出口と同じように素材を回収・買い取りするコーナーもちゃんとある。拍子抜けするぐらい一瞬だから怖いと思う暇もないぞ」
なるほど……運命さんの転移と似たようなものなのかな? だったら慣れているし怖くないかも。
そのまま僕たちは転移陣のある通路へ向かったんだけど――――
先頭を歩いていた先生が通路に入った瞬間――――
――――まるでピンポン玉のように先生が吹き飛ばされた。
「「せ、先生っ!!?」」
鬼頭先生は壁に激突してピクリとも動かない。
な、なんだよ……アレ?
通路から入って来たのは、人のような魔物のような異形の男たち。
ベースは人間っぽいんだけど、鱗や角なんかがあって、明らかに人じゃない。しかも、いきなり先生を蹴り飛ばしたんだから絶対に悪い奴らだろう。
「な、なんなんだよ……なんでそんなことするんだ!? てめえら何者だ?」
京吾くんが警戒しつつ尋ねる。
『……ヨツバ アオイ ハオマエカ?』
しゃ、喋ったっ!? しかも四葉さんを知っているのか?
「……そうですが何か御用でしょうか?」
こんな状況でも毅然とした態度で話す四葉さんはすごい。
『ツレテコイトノメイレイダ。テイコウヤトウソウハムダダ。テンイジンのムコウニモオオゼイノナカマガヒカエテイルカラナ』
「ふざけるな! 大人しくハイそうですかって付いて行くと思ってんのか?」
『ヨツバ アオイ イガイハヒツヨウナイ――――ハイジョスルダケダ』
「夢神さま……敵の狙いは私のようです。逃げてください、敵わぬまでも一瞬の時間くらい作ってみせますから、黒崎先生か運命さまに――――」
四葉さんはすごいよ……こんな時でも冷静でとっても勇敢で……
本当は怖いに決まってるのにそんなところは絶対に見せたりしない。
僕なんかとは全然違う――――
でもさ、だからこそ守らなくちゃ。
おばあちゃんが言ってた。男は女を守ってなんぼだって。
「大丈夫、敵は僕と京吾くんで止めて見せるから、四葉さんはその間に黒崎先生に!!」
「ですがっ!!」
わかってる。白金ランクの鬼頭先生を不意打ちとはいえ、一撃で倒してしまった化け物。まともに戦って勝てるとは思えない。でも、四葉さんは渡さない。
「大丈夫、言ったよね、僕はめちゃくちゃ運が良いって。だから……大丈夫」
「っ!! わかりました、どうかご武運を」
「京吾くん、今だ!!」
「おう――――火遁・豪火滅却!!」
すごい……炎系スキルの上位版? これが京吾くんの本当の『紅蓮の炎』……もはや炎というより壁だ。少なくとも視界を遮る効果はありそうだ。
四葉さんは発動と同時に階段があるもう一つの通路に走り出す。
『チッ、コザカシイマネヲ、コノテイドノホノオキカヌ!!』
「畜生、やっぱりほとんど効かねえか」
強引に炎の壁を突破してくる異形の男が京吾くんに迫るけど今は四葉さんを逃がすことが先決。
『ニガサン!!』
もう一体の異形が四葉さんの動きに気付いて襲い掛かるけど
させない――――
異形の男は僕のことは眼中にもないみたいだ。だからこそこんなに接近しているのに気づかれていない。
集中力が高まるのがわかる
手足が羽のように軽い
俊敏に思えた異形の動きがまるでスローモーションのように見えてくる
失敗は許されない
チャンスは一度だけ
心を燃やせ
精神を研ぎ澄ますんだ
力む必要はない
力の流れを読めばいい
体重と重心が一点に乗った瞬間を狙って異形の足首を蹴り抜く。
『ギャアアアアアアアア!?』
手応えあり
「四葉さん、今のうちに!!」
四葉さんが通路へ消えるのと足首の砕けた異形が床にキスをするのは同時だった。




