第二話 ダンジョンシティと国立忍《しのび》高等学校
「おばあちゃん、行こうか」
仏壇でにこやかに微笑んでいるおばあちゃんの写真を大切にしまう。
おばあちゃんは僕が中学を卒業するのを見届けてから天国へと旅立って行った。
一人になってしまった僕だけど、高校からは全寮制だからそこまで心配はしていない。
幼いころ住んでいた田舎の家は、この街へ越してくるタイミングで手放しているから、今はこの街が僕の故郷。この家も今日で最後だからもう帰る家も無くなってしまうのはやっぱり少しだけ寂しい。
でも……今の僕にはこの先に待っている高校生活への期待の方が大きいから。
国立忍高等学校、通称忍高、僕がこれから通うのは普通の高校ではない。
費用は全額国が負担してくれるだけでなく、福利厚生やサポートも万全、学校での活動には補助金や報奨金まで出るという至れり尽くせり。
この学校を卒業すれば間違いなく成功が約束された人生を送ることが出来る素晴らしい学校なのだが、実は受験がない。
ある条件さえ満たせば誰でも入ることが出来るのだ。
そのある条件とは――――
左手の甲を見ると、アザのようにくっきりと浮かび上がった紋章がある。
そう、これこそ入学するための条件……だから僕でも入学することが出来たんだ。
実際は、紋章を持つ者はこの学校に通う義務があるので、そもそも入学拒否権はないんだけどね。
法律で定めるまでもなく僕には行かない選択肢なんてないんだけど……。
十年前のあの夜、創と運命が夢で出会った日からこの国の常識は大きく変わった。
富士山の麓に突如として巨大な建造物が出現。
調査しようにも接近することすら困難な建造物、その高さと構造から考えてこの世界の物質では不可能な強度を持っていると推測されるも正体は不明。便宜上フジヤマダンジョンと呼ばれるようになった。
厄介だったのは、結界のような不思議な力で侵入はおろか接近することすら出来ないこと。遅々として調査は進まず、遠距離からの威嚇射撃にもびくともしない破壊不可能な異物。
幸いにしてダンジョンそのものから外部に向けて攻撃や悪影響のようなものは観測されなかったが、周辺住民の避難や長期にわたる通行止めなどその影響は決して小さいものではなかった。
人々はこの不可思議なダンジョンとどのように共存するべきなのか、そもそも共存が可能なのか計りかねていた。
転機となったのは、ダンジョンの出現と時を同じくして、ごく一部の人にだけ左手の甲に紋章が現れたこと。その報告を受けた政府はダンジョンとの関連を疑い調査を開始、すると紋章がある人だけはダンジョンの結界に阻まれることなく接近することが出来ると判明。
世界に先立ってその事実を把握した日本国政府は、すみやかに国民への移動制限を発令し、紋章を持つ人間の正確な数と確保を最優先した。
全数調査の結果わかったのは、ダンジョンが出現した時点で例外はあるものの、おおむね15歳以下の子どもに紋章が発現する確率が高いということ。
政府は安全保障を担う国策として、紋章を持つ子どもたちの育成と保護を担う学校を創った。
それが現在の国立忍高等学校である。
政府主導の最優先課題となったのは理由がある。
誰がどうやって最初に持ち帰ったかは明らかにされていないが、調査団がダンジョン内から持ち帰った素材は、これまでのものよりもはるかに軽く丈夫で錆びることのない金属や、懸念されていた食材、他にも地球上には存在しない素材の宝庫だと判明したからだ。
ダンジョンは今日においても、世界で日本国内にのみ存在する。当然素材の採掘権は日本にあるのではあるが、そうなれば当然他国が黙って見ているはずもなく、有用な素材を入手するために無数の工作員や買収工作が活発化し、誘拐や脅迫が頻発することになる。
それを懸念最小化し、いち早く紋章所有者とその家族を保護、政府の管理下に置くことで資源の回収も効率化することを目的とするのが国立忍高等学校を中心とした最先端のダンジョンシティーであり、夢神 創が住む街。
紋章の所有者はもちろん、素材の研究者や技術者も集められ、街の出入りには厳重なセキュリティー対策が施されている。
当初、街の住人は国外はもちろん国内の移動すら安全のために禁止されていたが、現在政府が一部輸出を認める方針に切り替えてからは、条件付き、監視付きで認めるなどやや不自由度は緩和されている。
「うわあ……やっぱり忍って人気があるんだな……」
駅のポスターや電車の中でも有名な忍を起用しているものが目立つ。今やスポーツ選手やアイドルよりも憧れの職業というのは本当みたいだ。
ちなみに忍というのは、ダンジョンに入って素材を持ち帰って来ることが出来る歴とした特殊国家公務員で、機密情報を扱う工作員という側面を内包し、さらに国民に親しみがあって覚えやすく海外でも評判が良いということで現在の名称に定着した経緯がある。
「おお!! お兄さん忍高生になるのかい? 頑張ってな」
改札で紋章を見せると駅員のおじさんが応援してくれる。紋章の所持者とその家族は公共交通機関はすべて生涯無料のフリーパス。この街の人なら紋章のことは誰でも知っているから安心だけど、街の外では色々と危険だし面倒なことに巻き込まれる可能性があるから、通常は政府発行のパスポートを見せることになっている。
「夢神さま、ここから先は専用列車での移動となります」
同じダンジョンシティ内でも、忍高があるエリアは最重要特区となっていて、忍高の生徒や関係者、研究者などしか入ることが出来ない。当然警備も厳重で、入るには専用列車に乗るしかない。
となれば、学校へ向かう僕も一人で移動している……はずもなく、政府から派遣された専属の案内人兼ボディガードがしっかりと同行してくれている。街の中ならある程度安全なはずなんだけど、嫌でも緊張感が高まってくる。
それにしても僕の専属だという不知火さんという女性、本当に美人でびっくりしてしまった。まるでモデルさんか女優さんみたい。明るい金色に近い茶色の髪と琥珀色の瞳が印象的で、それなのに近寄りがたいという感じもしない。
「……? 何か?」
「な、なんでもないです」
慌てて顔を逸らす。ジロジロ見ていると思われちゃったかな? 気を付けないと。
「ふふ、遠慮なくお申し付けくださいね、大抵のことでしたらお力になれますので」
気分を害したわけじゃなかったみたい。不知火さんはふわりと優しく微笑んでくれる。
それに……気のせいかもしれないけど、すごくキラキラした瞳で見つめられているような?