第十九話 ダンジョン二日目 思わぬ三人組
「今日は昨日よりも上層階を目指すぞ」
黒崎先生が開口一番宣言するとクラスは不安と興奮が入り混じった空気に包まれる。
それでも怖気づくような生徒が一人もいないのはさすが特別クラスといったところだろうか。
ダンジョンは、上層階ほど強力なモンスターが出現するようになる。その分得られる素材の価値も質も上がってゆくので、どこまでリスクを負えるのかの見極めが出来るかどうかは、忍として非常に重要なことらしい。
つまり、それを学ばせることが忍高の役割であり、適性を理解し、己を知ることが一人前の忍としてのスタート地点に立つということなんだろう。
もちろん僕だって不知火さんと予習はしてきたけれど、不知火さん自身ダンジョンに入ったことがあるわけではないし知識だけで足りない部分は自分で経験して学ぶしかない。何も知らずに行くよりきちんと予習しておくことが百倍助けになることは言うまでもないことだけれど。
午前中の短い一般学科を終えて、午後からはダンジョンに向かう。
「うへえ……私、マジで勉強ヤバいかも……」
那須野さんが弱音を吐くと、僕も赤牛くんもその言葉に同意する。
本来九十分の授業内容を特別クラスは三十分で学ぶのだ。僕は不知火さんと予習をしてきたから辛うじて付いていけたけど、そうでなければほとんど頭に入って来ないと思う。
特別クラスは一般クラスと違って、一年目から大半がダンジョン実習になる。学科は自習で何とかしなさいということなのだろう。でも特別クラスと言っても成績が優秀だから選ばれたわけではないわけで……。毎年補習に明け暮れる生徒が続出するのも忍高の風物詩なんだとか。
まだ始まったばかりだけど正直言ってダンジョンよりも勉強の方が辛いかもしれない……。僕の案内人が不知火さんで本当に良かったと思っている。
「運命さんは大丈夫なんですか?」
「ん? 私はコネでなんとでもなるから」
……聞くんじゃなかった。
さて、今日もやって来ましたフジヤマダンジョン。
やっぱり一度実際に入った経験は大きいみたい。
昨日みたいな緊張感はもうほとんどないし、昨日は余裕が無くてろくに見れなかった部分を、今日はじっくり観察することが出来ている。
「さて、お前らの力量は昨日確認させてもらった。思ったよりも実力差が大きいようだから、今日はレベルに合わせて別メニューとする。鬼頭先生!」
黒崎先生が隣に立っているもう一人の先生に声を掛ける。
「副担任の鬼頭です。皆さんよろしくお願いします」
「鬼頭先生は、私の同期でもある。実力も確かだし、教師としては私の大先輩だな」
鬼頭先生は糸目であまり表情の無い落ち着いた感じの若い男の先生。副担任という形で教員経験の無い黒崎先生をサポートするために今日から合流している。
「とりあえず実力が抜けている三名には、低階層下層部の上限である十階に居る階層主にチャレンジしてもらう。他の者は五階で研修だ」
実力が抜けている三名か……。運命さんは当然として、後の二人は四葉さんと京吾くんかな。二人ともすでに金色だしね。
「それじゃあ、四葉葵、武富京吾、夢神創の三人は協力して階層主を倒してくること」
三人の名前が告げられるとクラス中がざわつく。
……は!? な、なな何で僕?
「せ、先生、俺と葵はわかるけど、なんで初心者の夢神なんだよ!! おかしいだろ!!」
「武富さま……呼び捨てにしないでください」
京吾くんが至極当然ごもっともな疑問をぶつける。そして四葉さんは静かに抗議の声を上げる。
そうだよ黒崎先生、うっかり呼び間違えちゃったんなら、今が訂正するチャンスだよ。京吾くんもね!
「ふん……何もおかしくないぞ武富、それとも……私の目が節穴だとでも?」
ギロリと睨みつける黒崎先生……ひええ、僕が睨まれているわけじゃないのにめっちゃ怖い。
「い、いいえ、とんでもない……すいませんでした」
さすがの俺様キャラ京吾くんも、黒崎先生の前ではポメラニアンだ。膝から下が生まれたての小鹿のようにガクガク震えている。失禁していないのはさすがのプライドなのか、先生が本気じゃなかったのか。
「わかりました先生。武富さま、夢神さま、よろしくお願いいたします」
一方の四葉さんはチラッとこちらを見ただけで特に異議を唱える様子もない。
「わ、わかりました、頑張ります」
なんでこんな事態になったのかわからないけど、こうなったらやるしかない。金色ランクの四葉さんと京吾くんがいるんだから僕が多少足を引っ張っても何とかなるだろう。先生だって出来ると思っているから指名したんだろうし。
「うむ、まあそんなに緊張することは無いぞ。十階では鬼頭先生が待っていてくれるし、階層主との戦いにも立ち会ってくださる。もちろん余程のことが無い限り手助けはしないがな」
なるほど、安全対策は万全ということか。そうなると問題は僕が十階まで辿り着けるか……だけが心配なわけで……。
「よろしくお願いします夢神さま。昨日初めてダンジョンに入ったのでは不安でしょう? でも大丈夫、十階までは何度も行ってますからお任せください」
僕の不安を感じ取ったのだろうか? 四葉さんがふわりとした表情で微笑みかけてくれる。
「おいおい葵、そんなヤツ放っておけよ。おい、夢神、仕方ないから付いてくるのは構わないが、足手まといをフォローするほど俺様は優しくはないぞ?」
「武富さま……呼び捨て、やめていただけますか?」
ゾクッとするような冷たい視線が京吾くんを貫く。
「ひいっ!? わ、わかったよ……葵さん、これで良いんだろ?」
「……名前呼びはやめてください」
「……四葉さん」
……もしかしたら四葉さんって案外怖い人なのかもしれない。
「では参りましょうか。それから……夢神さま」
「は、はいっ!?」
「心配せずとも見捨てたりはいたしませんので」
にっこり微笑む四葉さん。はあ、びっくりした。怒られるのかと思った。
今日の特別クラスはダンジョン三階からのスタートし、五階までは各自移動、そして五階で実戦を含めた研修を行う予定となっている。
僕と四葉さん、京吾くんの三人は十階まで移動し、階層主を倒すというハードスケジュール。
運命さんや那須野さんたちとは、残念だけど別行動になる。
「大丈夫だよ創くん、十階までに創くんの脅威になるようなモンスターは居ないから」
自信たっぷりに言い切る運命さん。そんな風に言われると不安が薄らいでゆくような気がするから不思議だ。
「いきなり災難というか……大変だな夢神……いざとなれば四葉さんに頼れば良い。無理だけはするな」
心配そうな那須野さん。うん、たしかに四葉さんならめちゃくちゃ頼りになりそうだよね。見捨てないって言ってくれたし。
もちろん、なるべくそうならないように頑張るつもりではいるけれど。
「おら、夢神早くしろ、ただでさえ時間が無いんだからな!」
「う、うん」
京吾くんも口は悪いけど、なんだろう、そこまで嫌な感じはしない。
「では参りましょうか夢神さま」
「葵……いや、四葉さん、なぜ夢神だけ? 俺もいるんだがっ!?」
「……あら? そういえばいらっしゃいましたね……」
……四葉さん、京吾くんのこと嫌いなのかな……?
早速移動を開始する四葉さんを先頭に、塩対応されてもめげない強メンタルの京吾くん、僕が後に続く。
基本的に忍高では武器を使わない。身体能力とスキルを使う基礎を固めるのが目的だから。それにダンジョンのモンスターは生息エリアから離れようとしないので、無理だと思えば逃げることが出来るということもある。
念のため五階まで予習してきたのに、まさか十階まで行くことになるとはなあ……。
五階までは迷いようがない構造になっていて、中央階段を使ってショートカットすることも出来る。
僕たち三人は、最短コースの中央階段を使ってあっという間に五階層へ到着する。
ここから先……六階から上は、何の知識もないから、申し訳ないけど四葉さんたちにおんぶにだっこになってしまう。せめて足手まといにならないようにしないとね。




