第十六話 黒崎 零の本音 前編
―― 黒崎 零視点 ――
「えええっ!? 私が忍高の先生に!? 嫌ですよそんなの」
最初、運命さまから教師になれと言われたとき、当然のように断った。
学校の先生なんて現役を引退した忍がやる仕事……とまでは思わないが、所詮学生レベルでの活動となる以上、更なる高みを目指している私にとっては時間の無駄でしかない。
『あら~? 良いのかなそんなこと言って。零には私のクラスの担任をしてもらうつもりだったんだけど……せっかく色々教えてあげられる良い機会だと思ったんだけど残念。まあいいや、零がやらないなら綾に頼むから』
な、なんだと……運命さまから直接ご指導いただけるなんてそんな夢のような……。くぅ、いかん、龍神の奴なら100%引き受けるだろう。アイツは運命さまの信者だからな。それだけは避けなければ……。
「私が間違っておりました。やります!! いや、やらせてください。一度教育者というものになってみたいと思っていたところだったのです!!」
『そう? そこまで言うなら零にお願いするね。詳しいことは総理に丸投げしておいたから追って連絡が行くと思う。あとね、これはサプライズなんだけど、今年の忍高の新入生の中に、私より強い子が居るよ。じゃあまた』
それはどういう……?
聞き返す間もなく念話が途切れた。
総理大臣を雑用係のように使いまわすのはいつものことだから良いが、あれはどういう意味だったんだ?
『今年の忍高の新入生の中に、私より強い子が居るよ』
言葉の意味そのまま? いやそれはあり得ない。運命さまはダンジョンが出現した初期の時点で、今の私たち天空の上の紺碧ランクだったんだぞ。今現在はさらにその上、漆黒ランクになっておられる。
ランク差は絶対的な力の差。
例えば天空に成ったばかりの私と紺碧に成ったばかりの人間が対等に戦う場合、十対一でも勝負にならない。それほどまでにランク差というのは圧倒的なのだ。
運命さまは異世界で勇者として数えきれないほどの経験値とスキルを身につけて帰還されたお方。
この世界にそんな運命さまより強いものが居るはずがない。
だが……同時に思う。
運命さまは飄々とした掴みどころの無い方ではあるが、くだらない嘘をつく人間ではない。
となると、運命さまより強いかどうかはともかく、少なくとも私よりも強い人間がいるのは間違いないのだろう。
この十年、強さへの渇望だけでひたすら駆け上がってきたが……気付けば孤独になっていた。
同等レベルの人間は何人かいるけれど、手本となるような、目標とすべき人間はすでに運命さましかいない。
ふふふ、久しぶりに血が騒ぐ。ワクワクする。
こんな感覚は久しぶりだ。
私は運命さまが転入される特別クラスを受け持つことになった。
忍高一期生として久しぶりの学校だが、私たちの頃に比べて圧倒的に恵まれているなと感じる。
ノウハウも蓄積されているし、教員も今では全員忍。安全対策や情報の質が飛躍的に向上している。来年度からは、忍中学校が開設されるということだから、これからはますます忍の低年齢化と質の向上が続くことになるだろう。
それにしてもすごい。私がひたすらダンジョンアタックを繰り返している間に、運命さまは学校を創っただけでなく、その運営管理、長期計画まで策定してこの国……いや、この世界に忍という存在とダンジョンとの共存という道筋を作られたのだ。
異世界だけでなく、この世界をも救おうとなさっている、まさに救世主のようなお方だ。龍神が心酔するのもわかる気がする。
それにしても特別クラスというだけあって、この年齢にしてはレベルの高い生徒が多いな……大企業や財閥系の子女や関係者が多いからだろうな。独自に忍をサポートし、育成するには莫大な金がかかる。
最近では富裕層を中心に紋章持ちを養子に迎えるという風潮もあると聞くが、どうやら紋章が遺伝するようだとわかってきた以上、不可逆的な流れになるだろうな。この世界で一番必要とされるのは、家柄でも学歴でもなく、容姿でもない。今や紋章持ちであるということに勝るブランドはないのだから。
政府が忍の育成を最重要項目として急いでいるのも理由がある。
世界は冗談抜きで危機的な状況に直面している。それを打破出来る可能性を秘めたダンジョンを今の日本はある意味独占に近い形で恩恵を享受している。
そのことに少なからず不満を持っている諸外国がどう動くのか常に未知数だし、将来的にダンジョンが世界に公開された場合、アドバンテージを持っておきたいのは当然だからな。
近い将来、軍や政治の場にも忍が当たり前のように存在する時代がやってくる。これまでの常識やパワーバランスも大きく変化するだろう。
不純な動機で引き受けてしまったが、考えれば考えるほど、この学校の重要性が見えてくる。
そうか……運命さまは私にもっと自覚してこの国の将来のために関われと暗に示唆してくださったに違いない。
期待に応えられるように全身全霊で指導にあたらなければな。
「運命さま、勘弁してくださいよ……」
授業中にお弁当食べさせたり、思った以上に好き放題してくれる運命さまの扱いにほとほと困ってしまう。他の生徒の手前、あまり甘い顔ばかりするわけにもいかないし、困ったものだ。
「私のことは居ないものと思って好きにして良いのよ、零」
「はあ……まあそういうことならそうしますけど……」
まあ、幸い忍高は普通の学校と違って規則はかなり緩い。運命さまが学ぶようなことなど今更あるわけないし、言われた通り居ないものとして扱おう。
それにしても……だ。
運命さまの隣に座っている生徒をあらためて見る。
この子が運命さまの言う自分よりも強い子らしいが、失礼ながらとてもそうは見えない。どちらかといえば線が細くて可愛い感じの……そう、頭を撫でたくなるような男の子だ。
いや、ちょっと待て、この私が……頭を撫でたいだとっ!?
有り得ない……たしかに可愛いとは思うが……まさか魅了系のスキルを? 強いとはそういう意味なのか?
「ところでこの子が例の?」
何かの間違いかもしれないと探りを入れてみる。
「そうよ。可愛いでしょう?」
「か、かわいいって、たしかに……って、そうじゃなくて、本当なんですか?」
危ない、思わず本音が漏れそうになってしまったが、聞きたいのは可愛いかどうかではない。
「気になるなら確認してみたら?」
運命さまが悪戯っぽく笑う。
確認か……一番平和的に力量を確認する方法、それは相手と握手してみることだ。直接触れることで本能的に強さの感覚が掴めるし、単純な握力という形で身体能力の高さも測ることが出来るからだ。
「うーん……とても信じられないんだけど。夢神、悪いんだけど握手してくれないか?」
「握手ですか? いいですよ」
私たちのやり取りを困惑しながら聞いていた夢神だったが、私からのやや強引なお願いも嫌な顔一つせずに了承してくれた。本当に素直で良い子だな……。握手じゃなくて頭……撫でたい。




