第十二話 フジヤマダンジョンへ
ダンジョンは学校の裏口から徒歩十分の好立地……じゃないけど、とにかく近い。
学校の敷地から外は紋章持ちでないとダンジョンに弾かれてしまう距離になるので、忍高の先生や職員は全員忍で構成されている。
僕は初めてのダンジョンにドキドキしているけれど、他の皆は普通に経験者なので特に何とも思っていないみたい。
基本的にダンジョンの入り口は常に閉じていて、紋章をかざすと開く仕組みらしい。
とはいえ、入り口には大勢の人たちが常に出入りしているし、警備の忍が二十四時間常駐しているので入り口は開きっぱなしだ。
大きな荷車や台車にはダンジョン産の素材が山のように積まれて運び出されている。不知火さんの話だと、戦闘が苦手な忍の人たちは、素材の運搬に特化した仕事に従事しているんだとか。たしかに戦った本人がその都度運び出していたら効率悪いから、必要な適材適所なんだと思う。
近くで見るダンジョンは、まるで絵画で見たバベルの塔のようにも見える。
石とも金属ともいえない不思議な素材で出来ていて、地震にも影響を受けないらしい。夜になると、壁そのものが発光して幻想的な姿を見せてくれる。
内部に入ったことは無いけれど、太陽が無いのに光はあるし、フロアによっては雨も降るって聞いたことがある。まさにファンタジーな空間なのだ。
「じゃあダンジョンに入るぞ。いいか、いくら慣れているからって単独行動は厳禁だ。もし約束を破ったら問答無用で鉄拳制裁喰らわせるから覚悟しておけ。入口付近は邪魔になるから、二階まで移動するぞ、遅れずについて来い」
「「「は、はい!!」」」
黒崎先生の威圧は凄まじく、鼻っ柱の強い京吾くんたちですら大人しく付いて行く。
僕も一気に緊張感が増してくる。
「大丈夫だ夢神、低層階には強いモンスターも居ないし、カフェや休憩所すらあるからな」
那須野さんが緊張している僕を見てそんなことを教えてくれる。
なるほど……たしかに今僕たちが歩いているメイン通路の付近にはダンジョン素材を運ぶ人々の姿ばかりでモンスターの影すら見えない。
それどころか、ダンジョン素材を使った美味しそうな屋台が並び、反対側の通路には、素材の種類ごとに買い取りカウンターが軒を連ねている。
油断は禁物なんだろうけど、異世界チックな雰囲気も相まって、どこかのテーマパークに来たような錯覚に陥る。
「……なんかエスカレーターがあるんだけど?」
とてもダンジョン内部とは思えない。
「あはは、向こうには運搬用のエレベーターもあるんだぜ」
那須野さんが指さす方を見ると、たしかに大きなエレベーターが稼働している。
ダンジョン自体は仮に壊しても自動で修復されてしまうので、元々の地形に合わせるようにエレベーターやエスカレーターを設置しているらしい。当然設置したのも、資材を運び込んだのも紋章持ちの忍。
エレベーターやエスカレーターは荷物を持っている人が優先なので、僕たち学生は階段を使って二階へ。
二階も一階とさほど変わったところはなくて、大きな違いは巨大なオープンカフェがあることだろうか。
「このカフェで待ち合わせしたり、集合場所にしたりする忍が多いんだ」
那須野さんの言う通り、それっぽい忍の人たちがたくさん集まっては出発している様子が確認できる。
「それとね、このカフェで登録しておくと一定時間ごとに安全確認をしてくれて、応答がない場合には救助が派遣される仕組みになっているんだよ。もちろん登録は無料」
運命さんが自慢げに補足してくれた。
なるほど、それなら万一何かあった場合でも助かる可能性が上がる。とはいえ、高層階はともかく低層階ではモンスターよりも人間の方が多いくらいなので、その必要はほとんどないらしいけれど。
「よし、忍高特別クラスはここに集合」
先生の呼びかけで特別クラス全員が集まる。
「基本的なことはわかっているだろうから説明は省略する。今日は私がお前たちの現時点での実力を把握するためのオリエンテーションだと思ってくれ」
やはり説明は無しか……ま、まあ運命さんや那須野さんもいるし大丈夫だよね?
「それでは全員三階へ移動して、そこで二時間好きに素材を確保すること。ただし、実力を把握するためのものだから、私がチェックする際は必ず戦闘をしてもらう。手に入れた素材は各自このリュックに入れるように」
「はいっ!!」
各自に学校指定のリュックが配布される。
「おお!! さすが忍高、これ、まだ発売していない最新の拡張リュックじゃないか!!」
受け取った生徒たちのテンションが凄いことになっている。
「運命さん、これってそんなにすごいものなの?」
「そうだよ、こんなに小さいけど、台車を使わなくて済むから便利なんだよ。古いモデルでも家一軒買えちゃうくらい高価だけどね」
絶望的な供給不足を少しでも補うために四葉グループが開発した拡張リュックは、瞬く間に忍の必須アイテムに。毎年バージョンアップを繰り返していて、そのたびに収納容量がアップしているんだとか。
「この最新モデルは、二トンくらい入るんだよ」
「二トンっ!? それはすごいですけど、そんなに重いと運べないんじゃあ?」
重さを感じなくなるとかならすごいけど……?
「あはは、高レベルの忍なら二トンくらい軽々持ち運べるようになるからね」
運命さんがにっこりと微笑む。
え……? 忍ってそんなにすごいの!? 知らなかった……。
「レベルが上がると身体能力が向上するからな。私もその辺の奴らには負けないぐらい強くなってるぞ」
自慢げにポーズしてみせる那須野さん。そうなんだ……怒らせないようにしないと。
「あれ? 那須野さんの紋章光ってる?」
他のクラスメイトを見たら、僕以外全員紋章の部分が光っている……というかまるで燃えているみたいだ。
「ああこれか? ダンジョン内ではレベルに応じて紋章の色が変化するんだよ。私はまだ低レベルだから初級の『紅蓮』赤く燃えているみたいだろ?」
紅蓮ってめっちゃ強そうなのに初級なんだ。僕は……黒いままだ。
「最初は皆そうさ。夢神もモンスターを倒せばすぐに紅蓮になれるよ。ほら時間も無いし、早く行こう」
那須野さんたちについて三階へ向かう。
うう……やっぱりモンスターを倒すのか。
「それにしても運命さん……その歳で金色ってすごいな!? って、四葉さんに武富くんも金色っ!? さすが特別クラス……このクラスヤバいわ」
那須野さんによると、紋章のランクはこんな感じらしい。
紋章ランク
・初心者=黒 対応レベル0
・初級=赤色 紅蓮 対応レベル:1~30
・下級忍=黄色 金色 対応レベル:31~60
・中級忍=白色 白金 対応レベル:61~90
・上級忍=水色 天空 対応レベル:91~120
・特級忍=青色 紺碧 対応レベル:121~150
レベルは上がるほど必要な経験値が多くなるため、上がり難くなる。金色から上が一人前の忍とされていて、忍高を卒業するための目安となっている。金色になれなければ当然卒業は認められず、留年ということになる。
ということは勇者である運命さんはともかく、四葉さんと武富くんはすでに卒業レベルの実力があるってことか。すごいなあ……。
あれ? でも勇者である運命さんが金色っておかしくない?
『あはは、擬装で色を変えているんだよ、創くん』
そっと耳打ちしてくる運命さん。なるほど、勇者ってことは秘密だって言ってたから当たり前か。
「ちなみに黒崎先生はどのランクなんだろう?」
最強の一角と言われる黒崎先生。遠目にもわかる水色の紋章……上忍、天空クラスだ。
「天空クラスの忍は世界でも数名程度しかいないらしいよ。十年で白金に到達できれば一流と言われているからな。はっきり言って化け物だよ」
ダンジョンが出来てまだ十年しか経っていないのに天空って、やっぱり黒崎先生はすごい。
「あれ? じゃあ特級忍の紺碧っていうのは……?」
誰も到達していないなら、どうしてわかったんだろう?
「世界にたった一人、忍高や忍制度を創設した勇者様だな。名前も顔も非公開だから本当に実在するのかどうかも知らないけど」
兄貴の受け売りだけどね、と肩をすくめる那須野さん。
なるほど、運命さんってやっぱりすごいんだな。
隣にいる運命さんを見つめていたら――――
「ん? どうしたの創くん、そんなに見つめちゃって。惚れ直した?」
その視線に気付いた運命さんがそんなことを言うから。
「はい!!」
僕は素直に答える。
「もうっ、この正直者~!」
満面の笑みで頭を撫でられた。
「あの、運命さん」
「どうしたの創くん?」
ダンジョン入ってからずっと気になっていたことがある。
「ダンジョンに入れば自分のレベルが自然にわかるって言われたんですけど、全然わからないんです……」
「ふーん……なるほど、やっぱりそうなんだ」
「やっぱり?」
「ん? 何でもないこっちの話。大丈夫だよ創くんの場合は、それが正常だから。私にはちゃんと鑑定で見えてるから心配しなくていいからね」
そうなんだ……運命さんが言うなら大丈夫なんだと思う。
でも知りたかったなあ。ゲームみたいでかっこいいし。




