第一話 運命との出会い
新連載開始です。
最初の三日間は一日二話投稿。以降は一日一話投稿を予定しています。
「創ちゃん、もう寝る時間ですよ」
「うん、おばあちゃん。あと少しでできるから」
たいへんだ、もう寝る時間。これだけは描いておきたい。
画用紙にクレヨンを走らせる。
「あらあら、創ちゃんは本当にワンちゃんが好きね」
「……ねこだよ、おばあちゃん」
「あら、そうなの?」
丸いミミ、ピンとしたおひげ、どこから見てもかわいいねこなのにな……
「おやすみなさい、創ちゃん」
「うん、おやすみなさい」
無事描き終えて布団にもぐる。
パチリと明かりが消されると田舎の夜は真っ暗になる。耳をすませば虫の声、ぼくは静かに目を閉じる。
先月おばあちゃんの飼っていたコタローという茶トラが天国に旅立ってからは二人暮らし。
悲しくて寂しくて、ずっと泣いていたけれど、今はすっかり元気になっている。
そう……あの夜からぼくの世界は変わったんだ。
「にゃああ!! 来たにゃあ創、今日も遊ぶのにゃあ」
イラスト/ウバ クロネさま
コタローのモフモフしたお腹に抱き着くとゴロゴロ喉を鳴らしながら歓迎してくれる。大きなピンクの肉球はまるでひんやりしたクッションのようで、僕は肉球を枕にするのが大好きだった。
ここは夢の世界。ライオンよりも大きなコタローに乗って、ぼくは不思議な世界で冒険をする。
怖いモンスターがいっぱいいるけれど、コタローはとっても強くて頼りになる。
「にゃっ!! にゃっ!!」
コタローが前足でモンスターの群れを難なく薙ぎ払う。だって最強の聖獣だから当たり前だよね。
もちろんぼくだって負けていない。
「バン、バン、バン!!」
僕の考えたさいきょうの銃からはっしゃされる七色の弾が当たると、モンスターはおいしいお菓子に変わるんだ。
「うにゃん!? 新入りかにゃ?」
「ごろにゃーん!! しらたまなのです~!!」
イラスト/ウバ クロネさま
ごろんとお腹を見せる白猫。
「うん、かわいいでしょ? おばあちゃんにはワンちゃんだって言われたけど……」
「創ちゃんがかわいいって言ってくれるだけで嬉しいのです~!!」
ぼくは横に並んだコタローとしらたまのお腹の上をすいすいと泳ぐ。
ああ最高に気もちがいい!! あったかくてあんしんする匂いだよね。
コタローに会いたい。
クレヨンではじめて画用紙にコタローの絵を描いた。
その夜、夢の中で会えたんだ。大きくなったコタローに。
何で大きくなったかって? きっとぼくよりもコタローをずっと大きく描いたからかな?
何度も夢の世界で遊んでいるうちに、画用紙に描いたものが夢に出て来るって気付いたんだ。
ぼくは寝るのがこわくなくなった。ワクワクしちゃって眠れないぐらい。
「こども!? なんでこんなところに……!?」
突然声をかけられてびっくりした。
だってこの夢の世界で他の人に会うなんて初めてだったから。
絵本やゲームに出てくる騎士か戦士みたい。かっこいい剣を持っている。
「くっ、幻覚を見ているのか? ここは魔王が住むダンジョンの最奥部……こんなこどもがいるはず……はっ!? まさかそんな見た目をして実はお前が魔王? よく見れば馬鹿でかい猫もいるし」
まお? よくわからないけどなんだか勘違いしているみたい。
「ぼくはまおじゃなくて、創だよ。夢神 創っていうんだ。この子たちは、コタローとしらたま、あっちにいるのがごましおだよ」
「むがみ……そう? もしかして日本人?」
「うん。来年から小学生になるんだ」
「やっぱり!! うわああああん、良かった。この世界に来て初めて日本人に会えた……」
今度は急に感激して泣き始めるお姉さん。よくわからないけど忙しい人だなって思った。
「あああ……懐かしい……ポテチがこんなに美味しいなんて。このチョコ菓子も食べたかったあああ……」
お腹が空いているっていうから、お菓子とジュースをあげたらとっても喜んでもらえた。食べ過ぎじゃないかって思ったけど、夢の中だし嬉しそうだからべつにいいのかな? ぼくも夢の中でお菓子食べても歯を磨かないし……。
「ね、ねえ、創くん、話したいこととか、聞きたいことが山ほどあるんだけど……この辺で魔王見なかった?」
ようやく落ち着いたのか、前のめりで聞いてくるお姉さん。
「まお? それってどんな猫?」
「いや……猫じゃないし。えっとまおじゃなくて、ま・お・う ね。漆黒のたてがみ、燃えるような赤い目、頭に四本の角を生やした紫色の肌をした巨大な魔物なんだけど……」
「あ、それなら知ってる。さっき会ったから」
「本当!! っていうかよく無事だったね……」
「うん、でもやっつけたから大丈夫」
「……は!? やっ……つけた? 魔王を?」
「にゃはは、まあまあ強かったけど、俺たちでボコったにゃ」
コタローが自慢げに耳をピンと立てる。
「猫が喋った!? あ、いや、そうじゃなくて、魔王を倒したってこと……噓でしょ……」
愕然としているお姉さん。もしかして悪いことしちゃったのかな……?
「ごめんなさい、もしかしてお姉さんのお友だちだったの?」
「へっ!? いやいや、そんなわけないし!! 敵だから良いんだけど……」
どうやらぼくの勘違いだったみたい。
「良かったああ……お姉さんがさっき食べたお菓子、あれ魔王だからどうしようって焦っちゃった」
「ぶうううはあああっ!? な、なんてもの食べさせるんだよ!!」
なんとか吐き出そうとしているお姉さん。本当ににぎやかな人だよね。
「大丈夫だよ、ぼくも毎日食べてるけどなんともないから」
「……信じるよ。実際美味しかったしね」
とっても切り替えの早いお姉さん。
「――――というわけで、私は異世界から元の世界に戻るために魔王を倒す必要があったんだけど……」
かっこいい……お姉さんは勇者だったんだって。でもぼくたちがたおしてしまったから。
「それで、創くんは戻る方法知らない?」
うーん、そんなこと言われてもわからない。いつも目が覚めると自然に戻るから。
「そっかあ……創くんがこの世界に来ている以上、何らかのゲートがあるはずだと思うんだけど……このダンジョン出口とか無いの?」
「うーん、そんなのあったっけ?」
「ないにゃ!!」
「ないにゃ!!」
「ないにゃ!!」
せっかくだから一緒に出口らしいものがないか探してみたけれど、どこにもそれらしいものはなかった。
「あの……お姉さん? 何をしているの?」
「運命よ、世渡 運命、こうして君にくっついていれば戻れるかもしれないでしょ? どんな可能性も逃したくないのよ」
必死で抱き着いてくるお姉さん。柔らかくてとってもあったかい。
「え? ちょ、ちょっと創くん!? なんで泣いてるの、ごめんなさい、そんなに嫌だった?」
「ううん、なんかお母さんのこと思い出しちゃって……」
「もしかして……創くんお母さん居ないの……?」
黙って頷くとお姉さんが泣きながらぎゅうぎゅうしてくる。
「大丈夫だから、私がついてるから!!」
「あはは、運命さん……ありがとう」
「なんたって勇者だからね」
あ……もうすぐ目が覚めそう。周囲が白くぼやけてくる。
運命さん帰れるといいな……また会えるといいな。
夢だけどぼくにとっては忘れられない出会いだったから。