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一匹のウサギ

作者: 船岡 銀杏

大平原の海原に

たった一匹のウサギ

友達の玉虫が死んだ



一匹のウサギ


ここは緑の山々の山頂です。

見渡すかぎりの緑が続きます。

その山の上に、一匹のウサギの女の子がいました。

そのウサギは、その山に自分だけしか暮らしていないことを知りませんでした。

 

 この美しい緑一色の山の頂上に、いつものように朝が訪れました。

 朝日が差し込むと、ウサギは巣から出て来ました。

 そして緑の景色を眺めてしみじみと「今日も美しい」と感じていました。

ちょうど、山の足元には黄色に赤や白、ピンクにブルーのあらゆる花が咲き乱れて、あちこちからいい香りが漂っていました。

 



 



 ちょうど、その時でした。

一匹のきれいなタマムシと出会いました。

 ウサギは見たこともない虹色に輝く虫が、なんと足元の緑の草の中にいるのでした。その虫は緑の体に縦じま模様で赤や青、橙に黄色と輝いていました。

その虫の体の大きさと言えば小さなクワガタのようでした。初めウサギはあまりの美しさにびっくりしてのけ反りました。その美しさを確かめようと近づきました。そしてつかまえようと手を伸ばしたとたん、タマムシは少し離れてところへ飛んでいきました。ウサギは逃すまいと、すぐに追いかけました。そこでウサギは慎重にさっきより強い力で押さえつけました。ところが押さえつけた手に力が入りすぎ、タマムシを地面に押し付けてしまいました。さすがにウサギも「しまった」力が入りすぎたと不安になりました。タマムシは柔らかな草の上かにもかかわらず、運悪く死んでしまいました。

 ウサギは虫を殺す気などまったくなく、ただこの不思議な虹色に光る虫が気になって夢中で捕まえたのでした。ウサギは後悔しました。自分がしたことがいやになりました。そして悲しくなってしまいました。そのことはウサギにとって、後々までいやな思い出となりました。

「ただ、タマムシと仲良くなりたかっただけなのに・・・」

 






 このウサギは、一日には朝と夜があることや、

夜には満月や月のない夜があることさえ知っていました。また、やがて来る暑い夏が来ては過ぎ去り、草花は枯れ、木々の緑も色づき枯れ果ててしまった後、長い冬が来て雪で閉ざして行くことを知っている。

そんな季節に移り変わりがあることもよく知っていました。

 

 ある時、雨が降った後でした。ウサギは溜まった雨が流れ出し谷間に注ぐ小川を見つけました。ウサギは好物の草花をたどりながら、いつの間にか小川にたどり着いたのでした。その川の先には池がありました。

ウサギはきれいな水の流れに手を差し出して水をくみ取りました。

なんと美味しいのでしょう!

冷たくて・・・

 そして顔を洗いかけた時でした。

そこには水面の波紋に浮かぶウサギがいました。

ウサギは自分のとがった茶色の耳に触れました。

水に映った相手のウサギも自分の耳を触っています。

まちがいありません。相手のウサギは自分なのでした。

 ウサギは自分の顔と体のようすがどうなっているのか?

初めて知ったのでした。

 






 そろそろ冬が近づいてきました。

どんどんと秋が深まり、緑の山々は急に色づくのでした。

朝晩の冷え込みでまた雪一色の山になってしまうことに気づきました。

「そうだ食べ物が無くなってしまう。」

早く木の実や種を集めて、巣の中に蓄えなければと思ったのでした。

 そして、雪が降る前夜のことでした。

緑は褪せて、黄色や茶色、赤が混じるという錦織のような山肌になりました。

 そんな夜のことです。







 ウサギは夜更けに夢を見ました。

 ウサギの両親が枕もとに現れたのでした。

初めは父親が側により何も言わずにそうっと頭を撫でてやりました。

しばらくすると来た時のように何も言わずに去ってゆくのでした。

 その後には母親が、手にはいっぱいのどんぐりや栗、柿の実まで持って来ました。

「まあまあ この子ったら、目に涙を浮かべたまま眠るなんて!」と言って、優しくウサギの涙をぬぐってやりました。

そして、母親もにっこり笑うと、

そうっと去って行くのでした。

 その間、ウサギは何も気付かずに眠っていました。







 次の日は秋も過ぎ、凍るように冷たい夜風が吹く、月の明るい夜でした。

ウサギは独り言を言うように月に話しかけるのでした。


「どうして私一人だけ?」

「なぜ! なぜなのよ?」

「雪に閉ざされた冬がつらいのじゃない。」

「冬ごもりで餌が少ないからじゃない。」

「一人きりがいやなの!」


「やがて雪が積もり出すのね。

私の体はだんだんと動かなくなり、巣の中でじっとしているの。

そして頭の中が少しずつぼんやりと、

ぼんやりとして、だんだんと記憶を遠ざけてゆく。

そして、いつの間にか何もかも分からなくなってしまうの。


 時間が止まってしまうのよ!

 そして

明るい光が巣の中に差し込んで来る 春の日がやってくる。

逞しく暖かい春の太陽が呼びかけてくれるのを、

私は知っている。」


 月は鋭く光ったままで、何も答えないままでした。



何もしない両親

見詰めるだけで

言葉もかけずに

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