12 もう一つの敵艦隊
海戦が秋津優位に進んでいたので、どこか浮かれた心持ちで洋一たちは〈翔覽〉へ着艦した。しかし機体は格納庫へ戻されることなくそのまま前部甲板に集められる。何事かと思うまもなく整備員たちがすごい勢いで駆け寄ってきた。
「弾撃った?」
操縦席に首を突っ込んできた朱音が開口一番尋ねる。
「いや、今回は撃たなかったけど」
答えるが早いか新しい始動用カートリッジと、握り飯を一つ押しつけられる。人間の補給を済ませておけと云うことだろう。口に運ぶ間もなく、隣の熊木機に弾帯を肩に担いだ整備員が取り付いていた。
見回せばホースやら弾帯やら弾倉やらが飛び交って補給に大わらわである。さらに振り返ると後部甲板に七式艦攻や九式艦爆がエレベータで上げられて並べられていた。その腹には禍々しくも力強い魚雷や爆弾がぶら下がっていた。
「すぐ出撃?」
主翼の給油口にホースを差し込んでいた朱音に洋一は尋ねた。さっきまで観ていたネヴァ級を攻撃しに行くのだろうか。
「もう一つ艦隊が見つかったんだって」
予想していなかった言葉に驚かされたところで綺羅の声が聞こえてきた。
「中隊搭乗員集合」
広いはずの甲板の片隅に戦闘機隊第一中隊の搭乗員が集められる。指令を受けてきた綺羅が居並ぶ部下の前に立つ。
「東方150海里で新たなブランドル艦隊が発見された。戦艦一隻ないし二隻」
ネヴァ級四隻にも驚かされたが、更に増援が現れるとは。この北海のおもちゃ箱はまだまだ雑多で賑やかになるらしい。
「合流されるとやっかいなのでこちらを叩きに行く」
こちらの戦艦はネヴァ級の相手をするのに手一杯で、さらにすぐに攻撃できる距離ではない。そこへ行くと航空隊はどこでも速やかに攻撃できる。
「それと、こちらは空母を一隻伴うそうだ。五月の舞鶴以来のお相手だな」
洋一は唾を飲み込む。五月に舞鶴を襲った四隻の空母。先ほど見てきたネヴァ級と同じくロシアからブランドルに提供されたボロジノ級とガングート級空母。再び彼らとまみえることになるとは。
「空母が居ると云うことは護衛の戦闘機も居ると云うことだ。我々戦闘機隊としては責任重大だな」
しっかりした攻撃隊でなければ返り討ちにあってしまう。そのために呼び戻されたということか。
「補給が終わり次第発艦するぞ。艦爆と艦攻が早く出ろと怖い目で見ているからな」
身軽で滑走距離の短い戦闘機は甲板の前で待機している。彼らが発艦しないとより長い距離を必要とする艦爆や艦攻は飛び立つことが出来ない。
「では、舞鶴以来の昔なじみに挨拶しに行こう。かかれ」
綺羅の声で戦闘機第一中隊の搭乗員は愛機に乗込んだ。慌ただしく補給を終え、十式艦戦は発進を待ちわびていた。燃料ポンプを押して、点火系を両方入れる。綺羅が頭の上で手を回す合図を見て、洋一は始動スイッチを押し込んだ。
小さな爆発音と、それに続いて排気管が盛大に白煙を吐き出す。まだ暖まっていたのかすぐに爆音が揃い始める。振り返ると艦爆や艦攻もプロペラを回し、艦全体が唸るように共鳴していた。
〈翔覽〉の舵が切られて、艦首を風上に向ける。マストに発艦よろしの旗がするすると揚がる。先頭で立ち塞がっていた甲板士官が脇へ寄り、タイミングを見計らって手に持っていた旗を振り下ろした。
赤い尾翼の十式艦戦が甲板を掛ける。整備員たちの帽振れに見送られながら紅宮綺羅が鉛色の空に飛びこんだ。列機も次々と後を追って滑走して、洋一もそれに続いた。手を振っていた朱音を見つけると、操縦桿を左手に持ち替えて右手をかろうじて挙げた。
浮かび上がると脚を引っ込め、中隊に合流する。大きく旋回して高度を取りながら振り返ると、次から次へと〈翔覽〉から発艦していくのが見える。更に目を転じれば並走する〈比叡〉にも同様の光景が見えた。十式艦戦が9機、九式艦爆と七式艦攻がそれぞれ18機の合わせて45機が攻撃隊の総数だった。
自然と上から戦闘機隊、艦爆隊、艦攻隊で輪が描かれる。最後の艦攻が飛び立った辺りで無線で何か聞こえてきた。
「……ちらエチゴ一番。あと十分で到着」
よく聞くと麻倉大尉の声だった。北の空を見ると雲の間から黒い影が幾つも現れた。一次攻撃隊が還ってきたらしい。
「エチゴ一番、こちらクレナイ一番。少し遅かったじゃないか麻倉」
当初の予定では三十分は早く戻ってくるはずだった。もっともそのお陰でこちらの発艦が間に合ったのだが。
「雲が多くて目標がなかなか見つからなかったんだ」
北の方は天気が更に悪いらしい。
「おかげで偵察も手間取ってな。っておい、これから二次攻撃か紅宮?」
当初の予定だと二次攻撃隊の出撃は一時間前の筈だった。
「いや、二つ目の艦隊が見つかったんでそれを叩きに行く」
「おい二つ目ってどういうことだ」
そもそも一つ目の艦隊も彼は知らなかった。
「おっと、編隊も組み終わったか。こちらも行くか」
艦攻隊が東に進路を取ったので戦闘機隊もその後を追う。
「土産話は還ってからだな。じゃあな麻倉」
麻倉大尉はまだ話し足りない様子であったが、還ってきた一次攻撃隊と敵艦隊へと向かう二次攻撃隊の距離は急速に離れ、無線通話も聞こえなくなっていった。