10 観測機だって見逃せない
「着弾観測機だ。墜とすよ」
云うが早いか綺羅機はもう翼を傾けて獲物に向かっている。
「ユウグレ小隊。僕たちも行くよ」
小隊長の池永中尉は一言かけてから別の機体へと向かう。当然ながら洋一もその後ろに続く。
綺羅に比べれば池永中尉の飛行はキレや鋭さといったものは残念ながらない。ただ予備動作が判りやすいので追いかけるのは楽だった。
彼らの追う先を、海の上を這うように緑の迷彩の飛行機が飛ぶ。下に二つのフロートをぶら下げた水上機、アラドAr196のようだった。ブランドル海軍の標準的な偵察、観測機。便利そうな機体ではあったが所詮は下駄履き機、十式艦戦から逃げられるものではない。
みるみるうちに距離が詰まる。アラドは後部座席から機関銃を乱射してくるが、一丁だけでは迫力も足りない。右斜め後ろから池永機が射線を交わすようにジグザグに接近する。
「ユウグレ二番より一番。無理して速度落とすよりは駆け抜けた方が良いですよ」
熊木一飛曹がアドバイスを送る。
「ありがとう熊木君」
海兵出の士官のわりに池永中尉は腰が低かった。軸線を合わせると優速を活かして一気に間合いを詰め、そして撃った。
撃たれたアラドは急旋回でかわそうとする。意外と小回りがきく。池永機は連射しながらアラドを追い抜いて、上昇に移った。
最後の急旋回のせいか、池永機の攻撃は少し甘くなった。右翼にいくつかの被弾痕が生まれ、燃料らしきものも曳いていた。しかしまだ飛べる。
「お次はこっちだ」
二の矢とばかりに熊木機が後方から襲いかかる。先ほどの急旋回で海面すれすれまで降りてしまったアラドは逃げ場を失っていた。海面に弾着の小さな水柱が走り、それがアラドを追い越した。
胴体から破片らしきものがいくつか飛び、そして右翼の燃料漏れに火が付いた。そのままつんのめったように速度を落とすと海面に突き刺さる。不思議なほど水柱は小さかった。
三の矢は必要なくなったか。洋一はアラドが墜ちた海面を通過した。
「撃墜を確認、おめでとうございます」
編隊を整えつつある先行の二機に、洋一も追いつく。他の獲物と周囲を見回すが、大体撃墜されたかアイスランドに逃げたかのようだった。所詮観測機では戦闘機に勝てるわけもない。
「それぞれ二分の一でいいですかね」
落ち着いてきたので熊木は先ほどの戦果を確認してきた。
「ええ、二人とも命中していましたし」
二機の攻撃を、洋一は後ろから見ていた。熊木機の攻撃の方が有効弾は多かったとは思うが、ここは士官の顔を立てて半分ずつと云ったところだろう。それに少なくとも三分の一ではないのだし。
「え、良いのかい? ありがとう、皆のお陰だよ」
そして池永中尉の嬉しそうな声が聞こえてきた。譲られたことも察して、その上で喜んでくれているらしい。
「いやあ、これでようやく僕も撃墜一だよ。きら星のような上司や部下に囲まれて、このまま大した手柄もなしで一巻の終わりになったらどうしようかと思ってたんだ」
考えてみれば池永中尉は出撃したがる中隊長のお陰で書類仕事ばかりで、欧州でもそれほど出撃できていなかった。
「判ります、判ります中尉」
何故かしみじみと熊木が相づちを打っていた。
「実はですねぇ、かくいう私熊木も、これで晴れて撃墜一になるのですよ」
「おお、それはおめでとう」
割とベテランの部類だと思っていた熊木一飛曹だが、意外な言葉だった。考えてみれば舞鶴空襲のときはスツーカの爆撃に巻き込まれて出撃できなかったし、欧州でも途中で負傷して後送されていた。
「これまでちょっとばかり運が向いてなかったけど、これでやっと一人前の戦闘機乗りになれた気がするよ。これから頑張ろうな熊木君」
「ええ、ちょっとばかりツキに恵まれて四機も墜としてやがる生意気な小僧なんかほっといて頑張りましょう池永中尉」
よく判らない流れ弾が飛んできて、洋一は飛行帽の上から頭を掻く。いやまあ、確かに幸運だか悪運だか知らないが、大きな事態に出くわすことは多い気がするが。