9. 徒歩
あれから3時間。
日本では田舎でしか見なくなった光景が目の前に広がっているため、徒歩の楽しさを見出していた。
「エレノア様、少し休まれますか?」
「ミリア、疲れたよね。休もうか。」
「私は問題ありませんが、エレノア様は長距離を歩かれたことがないかと…。」
「そうかも。でも景色も綺麗だし楽しいくらいだよ?ミリアが休まなくても大丈夫ならもう少し先に行こ!あの丘の向こうとかどんな景色なんだろう。」
「あの向こうは花の都が近いですから、今はナスタチウムが満開な頃です。」
「ナスタチウム…?」
「黄色い花ですよ。」
「楽しみ〜。」
わくわくしながら進んでいたが、意外にも丘は遠く進んでいるように見えて全然近付いてない。
額に伝う汗に小さく息を吐いてから一歩踏み出す。
それと同時にズキンと痛みが走り、一瞬顔を顰めたが後ろを歩いているミリアには気付かれていないだろう。
これくらい元の私なら何ともないはずなのに、エレノアは体力がないようだ。
それに足もか弱いのかちらりと視線をやればパンプスで靴擦れを起こしているらしい。
とりあえず、丘の向こうまでは移動しようと歩みを早める。
やっと辿り着いた頃には日が沈み始め、花を見るのは無理そうだと諦めたが明日、朝日とともに見るのもいいとポジティブに考えることにした。
「今日はこのあたりで休みましょうか。本当なら宿屋を見つけられれば良かったのですが…。」
「付き合ってくれているミリアには申し訳ないけど、野宿するの初めてだから楽しみなくらいだよ?そこの小川で水汲んでくるね。」
「ありがとうございます!私は焚き火でお食事の準備をいたします。」
簡易のバケツを手に小川に行けば月の光でキラキラと輝いて見え、幻想的だとしばらく見惚れてしまったがあまり遅くなるとミリアに心配されてしまう。
バケツに水を汲んでからパンプスを脱いで痛む両足を川に浸けてみれば結構滲みるらしい。
踵にできた靴擦れは思っていた以上に酷い有様で無理をしたせいかと反省しながらも、自分が選んだ道なのだから後悔はないと持っていたガーゼを当てて手当を済ませる。
パンプスから見えないかを確認してから戻れば既にいい匂いが漂ってきていた。
「エレノア様、ありがとうございます。」
「こちらこそだよ。ミリアは料理も上手なんだね。」
「山育ちなので野宿はよくあることなんですよ。」
ニコニコと笑みを浮かべているミリアは本当にすごい。
本来ならついてくる必要のないこの旅に同行している上に殆どの荷物を持ち、ここまで歩いてきたというのに疲れ一つ見えないのだ。
水汲みという短時間の間にワンプレート料理とはいえ、スモークサーモンのサラダに鶏肉のソテーとじゃが芋のホイル蒸しを作り終えている。
食事の挨拶を済ませ口に含めば、屋敷で食べていた料理と劣らぬ美味しさに余計に驚いた。
「すごく美味しい。」
「光栄です!」
「…。」
「どうされました?」
「徒歩で行くなんて豪語したけど、ミリアに頼ってばかりで情けないなと思ってさ。自分一人で何でもできるつもりだったのになぁ。」
「エレノア様は私が居なくても全て出来てしまわれると思いますよ。ただ、私がそれを遮っているだけです。」
「遮ってるって…。」
「服毒されてからのエレノア様は本当に変わられました。お強くて自立されていて…あの頃のエレノア様は見る影もありません。お強くなられたことは嬉しい反面、私は必要ないのではないかと心配になります。」
「強くなったのは確かだけど、私がミリアを必要としなくなることはこれから先も一生ないよ。ミリアが嫌になって離れるときが来たら別だけど。」
「それは無いので大丈夫です。」
あまりにも自信満々に言う彼女の姿に思わず声を出して笑ってしまった。
それにつられるようにミリアも笑みを浮かべ穏やかな時間が過ぎていくのだった。