5. ハーヴィン
あれから食べ歩きをするべく移動していたのだが、何が楽しいのか終始笑顔で付いてくる彼にげんなりとしながらも奢ってくれるならいいかと良い方向に捉えることにした。
「エレノア、これ食べたことある?この地方ではポピュラーな食べ物だけど、新鮮な鱈が手に入らないと作れないバッカラマンテカートっていう料理だよ。」
「初めて見ました。鱈を練っているのかな。」
「そうだよ。練った鱈をクリームで煮込んだ料理と言ったらわかりやすいかな。バケットにのせて食べるのが一般的だね。」
「いただきます。」
手を合わせて挨拶を済ませてから綺麗にバケットに盛られた一つを口に含めば、食べたことのない食感はふわふわでしっとりしていて今まで食べたものの何に一番近いのだろうと考えていると楽し気な声が聞こえてくる。
「何ですか。」
「いや、エレノアは可愛いなと思って。」
「悪趣味って言われません?」
「そうかな。ミリア、君はどう思う?」
「エレノア様は素晴らしい方ですから、悪趣味ではないと思いますよ。」
「ほら。」
「ミリアは私の専属侍女ですから。フィルター掛かっているんですよ。なので、愛人の件は諦めて下さい。」
「嫌だよ。僕は正式に愛人になりたいと申し込んでいるのだから。」
いつの間に用意したのか。
ガラスのケースに入ったネックレスを取り出してくる。
翡翠色の宝石があしらわれたそれは彼の瞳と合わせて作られたのだろう。
宝飾品に一切興味のないエレノアでもそれが高価なものであることは瞬時に理解できた。
慣れた手付きで彼女の首に着けてしまうところを見ると本当に女性と目も合わせられないシャイな方なのかと疑ってしまう。
「着けていただいたのに申し訳ないですが、こんな高価な物は受け取れませんよ?」
「君が受け取ってくれないならこの場で壊してしまおう。そしたら僕の左眼は見えなくなるけれど…。」
「見えなくなるってどういう…?」
「僕の瞳は翡翠石の力を宿していると話したよね。君に渡したそれが力の源になっていて左眼と共有されているんだ。だから壊すと必然的に視力を失う。それでも僕に返すつもりかな。」
にこにこと笑みを浮かべ、楽しげに話している彼だが内容は脅しである。
そんなものに屈するつもりは全くないが、目の前でいつでも壊すことが可能だとでも言うようにハンマーを握っているのだ。
出会ったばかりとはいえ、冗談ではないということだけは理解できたため、厄介な相手に好かれてしまったと大きなため息を溢した。
「ふふ。これで君は僕のものだね。」
「いや、それは違いますけど。仕方ないから預かっておくだけです。」
「今はそれでもいいよ。エレノアが僕を好きになるまでずっと持っててもらうつもりだから。」
その自信はどこから来るのかと突っ込みたくなったが、そんな気力もないと視線を遠くに向ける。
ハーヴィンのことはもう諦めだ。
今回はたまたま出会っただけで次にカンノーロを食べに来たくなるまで、会うこともないだろうか。
このネックレスは熱りが冷めた頃にでも送り返せばいい。
そんなことを考えながらパン屋の主人が教えてくれた隣町の美味しい料理に思いを馳せるのだった。