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28. 目覚め

夢を見た。

いつも通りの会社の帰り道に起きた事故の夢。

そしてエレノアという女性に転生して色んな人と出会い、ミリアと美味しいお菓子を食べる日々に楽しさを見出したこと。

念願のスフォリアテッラをせっかく食べられたのに…一口で終わりってそれはないでしょ!

暗殺がどうのこうの言ってたけど、あのジジイめ。

今度会ったら腹立つ顔にクリーム塗りたくってやる。

そんな事を考えていると周りが一気に明るくなっていった。

見慣れた赤茶色の天蓋。

カーテンを開く音が聞こえ、視線を動かすと明らかに細くなり過ぎているミリアの後ろ姿が見え。

重だるい身体をゆっくり起こして枕に預ける。


「…エレノア様…今日も…いい天気ですよ。…町の方々が、エレノア様にって…お菓子を…たくさん…。」


そういった彼女は振り返ることもなくカーテンを握ったまま肩を震わせていた。

声を掛けようと思っていたのだが、喉がカサカサ過ぎて音にならずサイドテーブルに置いてあったコップに手を伸ばすが、掴んだつもりがそのまま地面に落ちてしまう。


「…っ!?」


「…。」


「エレノア様!!!!」


ミリアのその言葉に視線を下に落としたままだったロルフも目を見開いてこちらに走り寄ってきた。

その目に涙が浮かんでいるのを見ると相当心配をかけてしまったようだ。

あれからバタバタし過ぎてあまり覚えていないが、毒によって3ヶ月程昏睡状態だったこと。

そして毒が抜けたとはいえ、まだその影響が何処に残っているかわからないと伝えられた。

私としては物凄く元気なつもりなのだが、3ヶ月という期間は意外にも長かったようで、筋力が落ちてしまったことで暫くはベッドとお友達になるしかなさそうだ。

小さく溜め息を溢しながら部屋中に積まれたプレゼントの数々を見ているとロルフが新たな箱を持って戻ってきた。


「エレノア様、もう少し寝ているように言われたはずだが…?」


「これ以上寝たらベッドと同化する。」


「たしかによく眠っていたな。」


「皆、ゲッソリしてて吃驚したよ。」


「それだけ影響力があるってことだ。もう少し自覚を持て。」


「あれは私の所為だったの…?」


「そうだ。」


「じゃあロルフが無表情になったのも私の…?」


「…。」


「眉間に皺寄ってる。」


グイッと伸ばしてみると嫌そうな顔をされたが振り払われることはなく、持っていた箱をベッドの脇に下ろす。


「それ何?」


「…その辺のプレゼントに比べたら大したものじゃない。」


「ん?もしかしてロルフが用意してくれたの?」


「…あぁ。」


「ありがとう!開けても良い?」


そっとリボンを外し箱を開けると中からエメラルドグリーン色のサテン生地で出来たドレスが出てきた。

ビスチェタイプのそれは精巧な刺繍が施されている。


「すごい綺麗。」


「アストールの伝統的な手法を使ったドレスですね。」


「ミリア?」


「エレノア様、お加減はいかがですか?」


「私よりミリアだよ!ご飯ちゃんと食べてるの?そうだ!これから毎日私と一緒に食べよう。ロルフもだからね?」


「いや、俺は…。」


「残念ながら拒否権は受け付けません。皆、私にばっかり構い過ぎて自分のこと疎かにしてる。大丈夫なのに。」


「大丈夫じゃありません!お医者様の話をちゃんと聞いてました?」


「んーあんまり?話が長すぎて途中記憶がないかも。」


「ふふ。」


「ん?」


「本当に良かった…です。」


「もーミリアそればっかり!本当に元気なんだって!それより、ノース村での話をしてから急に皆来なくなったよね。楽でいいけどさ。」


「…公爵が血眼になって探しているからな。」


「宿屋の主人?」


「その娘さんもですよ。彼らが入れ替わっていたことを私が気付いていたら…。」


「そんなの無理だって。ミリアは私の専属として屋敷に居てくれてたんだし、自分を責めないって約束したよね?」


「わ、わかってます。ただどうしても考えてしまって…。」


「過去は過去!現実を生きる私としてはやっぱり食べそこねたスフォリアテッラをもう一度食べたいんだよなぁ…。」


「少しお時間をいただければ作ってみます!上手に出来ないかもしれないですけど…。」


「ほんとに!?うわーすごく楽しみ!」


「早速厨房借りてきますね。」


笑顔で出ていったミリアを見送り、先程見ていたドレスに視線を落とす。

私にはあまり分からないが伝統的な手法を使ったとか言っていたからきっと高価なものなのだろう。


「ロルフ、ありがとう!私、こういう色味好きなんだよね。」


「そうか。」


「あ、こっちはアクセサリーだ。ドレスと合わせた色になってる!」


「…もう少し落ち着いたら…。」


「?」


「アストールに来てほしい。」


「ロルフの故郷だよね。」


「あぁ。試したことはないが、聖なる泉は色々な効能があると聞く。エレノア様の不調にも効果があるかもしれない。それに…。」


「それに?」


「…今回の一件は明らかに公爵とエレノア様を裂くための行為だろう。ならばアストールにその類の人種は居ないはずだ。殺し屋のように汚れていれば入国審査で落とされるしな。」


「入国審査なんてあるんだ。」


「審査と言ってもアストールは国境全てに結界が張られていて、そこを通れるかどうかで清らかな心か判断するだけさ。」


その言葉に殺し屋ではないが、清らかな心とは程遠い存在である自分はアストールに行くことができないのではないかと溜め息を溢した。

それと同時に聞こえてきたノック音。

ミリアにしては早すぎると返事をすれば、真っ青な顔のまま目を閉じるジュリアスを支えたライオネルが入ってくる。


「エレノア様、少しよろしいでしょうか。」


「ど、どうぞ。」


驚いてとりあえず中へ促せばベッドに彼を寝かせ、小さく息を吐いた。

意識のない彼だったが、近くに感じた温もりに反応して手を伸ばすと腰に腕を絡め鼻先を押し付けてくる。

通常であれば鬱陶しいっと跳ね除けているが、あまりの顔色の悪さに躊躇してしまった。


「私ではジュリアス様をお止めすることができませんでした…。申し訳ありません。」


「何で私に謝るの?無理してたのは何となく知ってたけど、誰かに何か言われてやめるタイプでもないでしょ。」


「そうですね…。お食事も睡眠もエレノア様の一件があってから喉を通らないようで、心因性のものなので医者に出来ることはないと。」


「それ、ライオネルもそうなんじゃない。」


じとりとした視線を向けながらジュリアスの手のひらに巻かれた包帯をそろりと触ってみる。

両手で刃物でも握ったのだろうかと呆れながらロルフを呼び寄せた。


「鎧、脱いで。」


「何故だ?」


「ここ。」


自分の膝をポンポンと叩くと彼は困惑した表情のまま首を傾げている。

近付けば余計にわかる濃い隈。

いつ目を覚ましてもそこにいるロルフは殆ど眠っていないことは聞かなくてもわかっていた。

周りの変わり様に迷惑をかけた自覚を持ったため、出来ることはやろうと決めたのだ。

いつまでもやって来ない彼を睨んでみると小さく溜め息を溢しながら鎧を外していく。

躊躇しながらも身体は休息を求めているようで頭を預けるとフッと力が抜ける感覚。

優しく髪を撫でられているとエレノアはちゃんと生きているのだと安心したようで数分もしないうちに寝息が聞こえてきた。


「…ライオネルも来る?」


「いえ、私はまだ仕事が残っていますから…。」


「そっか…私のベッドじゃ嫌だよね。」


「ち、違います!」


「じゃあ来る?」


反対側の膝をポンポンと叩いてみると迷っているのか。

視線を彷徨わせていたが、ただじっと見つめてくる彼女を拒否することもできず、意を決して身体を預ける。

髪の指を通して楽しげに笑うエレノアにジュリアス様が彼女に惹かれる理由がよく分かるとそっと目を閉じるのだった。

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