27. 命
休むことなく走らせた馬車によって1日で屋敷に辿り着いたが、青白い顔のエレノアは少しずつ温度を失くしているのがわかる。
屋敷のありとあらゆる書物を漁ってみても彼女を助ける方法は見つからず、最期の一冊を読み終えたのと同時に本を叩きつけた。
エレノアを助けることが出来ない自らの無力さに腹が立って仕方がないのだ。
どうすれば良い…。
あの笑顔を取り戻せるのなら何でもすると母が病気になったときですら祈ったことのなかった神へ祈りを捧げていた。
「ジュリアス様!」
ライオネルが焦燥した様子で彼を呼びに来る。
彼女に何かあったのだとすぐに理解したジュリアスは急いで移動すれば、大量の赤を溢すエレノアに大泣きしながらタオルで受けるミリアが見えた。
「どうしてですか!どうしてエレノア様が…暗殺の対象に…?エレノア様が何をしたというのですか…?」
「…。」
「変わってあげられたら…。」
「エレノア!」
「イライアス王子…?」
「ライオネルから連絡を貰ったんだ。トラヴィス、頼めるかな。」
一緒に居た重厚な鎧に身を包む彼は頷くとエレノアに近付いていく。
彼女から離れたがらないミリアをロルフに任せ、ドレスの胸元を少し開けさせる。
眉間に皺を寄せる彼らだが、言葉にすることはなかった。
首から伸びる血管は黒く染まり、心臓へと伸びているのがわかる。
手を当て、何かを呟くと緑の光が集まっていくのが見えた。
「…精霊術か。」
「トラヴィスは精霊術士の一族出身だからね。エレノアを助けられるなら精霊の力くらいだろう。」
「僕も手伝うよ。」
「ハーヴィン?」
「翡翠石は精霊の加護を受けているからね。彼ほどの効果はないけれど、少しは役に立てると思う。」
そういった彼はベッドに近付くと同じように手を当てていく。
黒く染まった血管が少しずつ元に戻っていく様子に安堵しながらも、夫でありながら何も出来ない自分の不甲斐無さに奥歯を噛み締めていた。
あの時、彼女から離れなければ。
今頃は幸せそうにスフォリアテッラを食べるエレノアを眺めていた頃だろう。
指の関節からぽたぽたと地面を濡らす赤はそれだけ強く拳を握られていることを物語っていた。
30分程だった頃だろうか。
少し疲れの見える二人がやっとエレノアから手を離し、小さく息を吐く。
「毒は抜きましたが、既に全身に回っていたので二度と目を覚まされないかもしれません…。」
トラヴィスのその言葉に力なく視線を床に向けることしか出来なかった。
あれから一週間。
毎日代わる代わる見舞いに来ている彼らだが彼女が目を覚ますことはなく。
青白い顔のまま静かに眠っている姿を見ては皆、涙を浮べている。
特に一番近くに居たミリアはエレノアから片時も離れず、食事や睡眠も殆ど取らないまま過ごしていた。
「…エレノア様ぁ…目を…目を覚まして下さいよ…。また一緒に…食べ歩きするって…約束したじゃないですか…。」
大粒の涙を流しながら彼女の手を取り泣き続けるミリアをロルフはただ静かに見守っている。
彼もまたエレノアの騎士となることを誓ったのに守ることができなかったことを悔いているようで、あれ以来感情の全てを失ったかのように護衛に徹していた。
小さな音を立てて開いた扉に剣に手をかけたロルフだったが、濃い隈と窶れた顔をしたジュリアスを見ると警戒を解く。
国中の書物を漁り、エレノアが目を覚ます方法がないかと探し求め続けた彼はいつ倒れてもおかしくない状態にまで陥っていた。
極悪公爵と呼ばれていた姿など、今のジュリアスからは想像できないだろう。
毎日決まった時間に現れ、彼女に近付くこともせずただ扉の前で立ち尽くしている。
" どうぞ、さようなら "
嫌悪感を全面に出したままそう言ったエレノアは結婚当時のか弱い女性ではなく、強い意志を持っていて。
そんな彼女が今はもう悪態をつくことすら無いのかと現実を感じる度遣る瀬無い気持ちでいっぱいになるのだ。
もし、この命を彼女に渡すことが出来るのなら迷わず差し出すだろう。
そんな事を考えながらポロリと一粒の涙を溢すのだった。




