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26. 猛毒

暫くジュリアスの好きなようにさせている間に眠ってしまったようで目を覚ますとすでに辺りは暗くなっていた。

彼もそのまま眠ってしまったらしく、隣から小さな寝息が聴こえてくる。

絡められた腕は強い力ではないものの離すのは無理そうだと早々に諦め、開けたままのカーテンから見える月明かりを眺めていた。


「…エレノア。」


「?」


「…いか…ないで…くれ……たの…む…から……私を……置いて……いく…な。」


何の夢を見ているのか。

繰り返しそう言った彼の頬を伝う涙に驚いて指でそっと拭うとパチりと瞼が開いた。


「エレノア!」


「わっ。」


「…夢で良かった…。」


心の底から安堵したと息を吐くジュリアスにそんな怖い夢を見たのかと抵抗することなく目を閉じる。

あれから深い眠りに落ちてしまったようで、次に目を覚ますと彼の姿はなくサイドテーブルに置かれた箱が目に付いた。

何だろうと開けてみれば、ここに来たかった一番の理由であるスフォリアテッラが出てくる。

まさかジュリアスが買ってきてくれた?

そんなわけ無いかと否定しながら朝の準備を済ませ、一階にある食事処にスフォリアテッラを持って向う。

見計らったかのように紅茶を準備していた宿屋の主人にお礼を言うと嬉しそうに満面の笑みを浮かべていた。


「スフォリアテッラですか。とても美味しいですから是非味わって食べてくださいね。」


お皿に持ってくれた彼に促されるまま目を輝かせながら食事の挨拶を済ませ、口に含むとサクサクとした食感と濃厚なクリームチーズの酸味がとても良く合う。

美味しいと溢しながらもう一口食べるためにスフォリアテッラにフォークをさすつもりが、手から滑り落ちた。

震える手に何が起きたのだろうと首を傾げるのと同時に口に広がる違和感。

鉄の味がする。

そう思い口元を抑えれば、溢れ出した赤に何度も瞬きを繰り返した。


「危機感のない公爵夫人で助かりました。」


「…?」


「理解できないという顔ですね。どうせ死ぬのですから教えてあげましょう。私はある御方から依頼を受けた殺し屋です。貴方には何の恨みもありませんが、これもお仕事ですから。」


彼の笑みを見届けるのと同時に視界が歪み、椅子から床へと倒れ込んだ。

殺し屋を依頼されるほど誰かに嫌われていたのかと少し落ち込んではみたが、今更何をしても遅い。

短い転生の人生だったけれど、それなりに楽しめたかと逆らうことなく意識を沈めていった。


その頃、村で起きた盗難事件に呼び出されていた彼等は掛けられた疑いをようやく晴らすことが出来たようで宿屋に戻っているところだった。

宿屋の主人がにこやかな笑みを浮かべて出迎え、彼女の姿が無いところを見るとまだ眠っているのかと二階の部屋に入ればベッドで静かに目を閉じている。


「まだ寝て…。」


「エレノア様!」


ジュリアスの言葉に被せて声を上げたロルフが凄い速さで彼女のベッドへと駆け寄っていった。

手首を触って脈に触れてみるが殆ど感じず、腕を取った際の揺れで口先から赤い液体が零れ落ちる。


「っ!?」


「ミリア、すぐに医者を!」


「は、はい!」


「…噓だ…。」


つい先程まで、小さな寝息を溢す彼女と寝所を共にしていた彼にとってその光景は衝撃的過ぎたようで扉の近くに立ったまま一歩も動くことが出来なかった。

ミリアに連れてこられた医者によって容体を確認されたものの力なく首を振る姿が見える。


「…死の果実ですか。一度中毒したら助かることがないといわれる暗殺専用の猛毒です。」


「暗殺…?」


「私も症例を見るのは初めてですが、首筋の血管が黒く変色しているのが猛毒によるものだと。」


「助からないのですか…?」


「このままでは長く持っても二日ほどでしょう…。」


彼のその言葉にミリアの表情が絶望に変わると、その場で泣き崩れてしまった。

このままただエレノアが死を迎えるのを見ていることしかできないのかとそう考えると溢れる涙が止められない。

ただ茫然と立っていたジュリアスの足が彼女に向かって歩き始めると、ブランケットで包み込んだまま抱き上げた。


「…屋敷に戻る。ここに居ても出来ることはないのだろう。」


表情の失った彼はそう言うと馬車へと移動していく。

ジュリアスの言葉に反対の意見などあるはずもなく、血が滲むほど拳を握っていたロルフも黙ったままそれに続いていくのだった。

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