25. 疑い
その頃、ジュリアスはライオネルを連れ、エレノアが喜びそうな菓子を求めて村にある小さな店に立ち寄っていた。
「こちらはどうでしょう。」
「スフォリアテッラか。」
「ミノラ地方に来られたのはこのためでしたよね。」
「そうだったな。ではこれを貰おう。」
店主から丁寧に箱に詰められたそれを受け取り、店を出ると幼さを残した少女がぶつかってくる。
その瞳はどうすればいいのかと困惑したような表情が見えた。
「…ご、ごめんなさい。」
「いや、怪我はないか。」
「大丈夫です…。」
「お前は確か、宿屋の娘か。」
「…はい。」
「なんだ、言いたいことがあるならはっきり言え。」
「っ!」
「怖がらせてどうするんですか。大丈夫ですよ。何か話したいことがあるのなら仰ってください。」
「…見てしまったんです。」
「何をだ。」
「…鎧を着てた人とエレノア様が温泉で抱き合っているのを…。」
彼女のその言葉に大事に抱えていた箱が地面に落ちていく。
着地する直前に受け止めたライオネルだったが、横目で彼を見ると全ての色を失くしていくのが見えた。
エレノアに好意を持っていることを理解してからというもの。
少しずつではあるが、冷酷非道な公爵と呼ばれていたジュリアスに人らしい感情が戻ってきていたのを感じていたライオネルだったが、これは不味い。
昔の彼よりもっと酷く恐ろしい表情を見せているのだ。
「…見間違いではないのか。」
「エレノア様から、一緒に入るよう…促されていて…私…。」
「…そうか。ライオネル、行くぞ。」
空気が一瞬にして張り詰め、声を掛けようとしていたライオネルは言葉を飲み込むことしかできなかった。
彼に続いて歩き出すと、彼女が居るであろう部屋にたどり着きちょうどミリアが部屋から出てきたところで。
桶に入った水を持ったまま立ち止まる。
「旦那様?どうされ…。」
「エレノアは何をしている。」
「湯あたりで意識を失われていましたが、先ほど目を覚ましましたよ。」
「…湯あたりだと?ロルフが運んだのか。」
「はい、そうですがそれが何か…?」
「ライオネル、ミリア。お前達はしばらく席を外せ。私が許可するまで誰も部屋に入るな。」
彼は視線を細めると彼女の横を通り、部屋の中へと入っていった。
エレノアは既に起き上がれるまで回復したらしくベッドに腰かけ、サイドテーブルに置かれていたコップを仰いでいる。
それを見ただけでも怒りの炎に油を注がれたようで、強い足取りで近づいていく。
「ふしだらな女というのは噂ではなかったのだな。」
「…ふしだら?」
いきなりの言葉に意味が分からないと困惑の表情を見せるエレノア。
白を切っているようにしか思えないその態度は余計にイラつかせるらしく、彼女の腕を無理矢理掴み上げた。
「…っ。」
「誰構わず身体を許すのなら私の相手をするのも問題ないな。」
エレノアの身体を押し倒し、近くに掛けられていたリボンで彼女の腕を頭上に固定させる。
ふざけるなという表情でこちらを睨んでいるが、ジュリアスには関係ない。
二度と自分以外に靡くことが無いように既成事実を作るだけだ。
「ふざけんな!いきなり…。」
「心当たりがないというのか。」
「あるわけないでしょ!」
「ロルフと温泉に居たと聞いたが?」
「は?それが何なの?あの温泉はもともと混浴って言う説明受けてたよね。ロルフが居てもおかしくなっ。」
「抱き合っていたんだろうが!」
いきなり怒鳴ったジュリアスに驚いて身体を硬直させる。
下を向いたままの彼は視線を合わせようともせず、ワンピースに手を掛けている状況が逆にエレノアを冷静にしていく。
彼の言っている抱き合っていたとは何の話だろうか。
首筋に痛みを感じてロルフが診てくれていたが、それ以外は何もない。
意識を失っていた時のことはわからないとはいえ、抱き上げられていたのとは別物だろう。
「抱き合ったりしてないけど。」
「嘘を吐くな!」
「それ、誰から聞いたの…?」
「誰だろうと関係ない!夫である私を裏切る行為をお前はしたんだ。」
「そうだね。私の言葉よりその誰かの言葉を信じるなら何を言っても無駄だし。好きにすれば?」
「…。」
「一応言っとくけど、絶対に貴方を許さないから。」
彼女はジュリアスにそう言うと抵抗を辞め、視線を窓へと移してしまった。
ころころと変わる表情豊かなエレノアとは思えない程、無表情で。
彼など元より存在していないとでも言うようだ。
その姿に怒りの感情が熱を失い、掛けていた手をワンピースから離す。
リボンの結ばれた手首は抵抗したときに擦れたようで赤く痣になっており、解いてみても反応することなく遠くを眺めているだけで。
流石のジュリアスも彼女のその態度に自分が怒りに任せて行動したことに少なからず反省したようだ。
「…悪かった。」
「…。」
「…。」
「…そう思うなら早く出てってよ。」
「…嫌だ。」
「は?」
「…エレノア、愛してる。」
「…今言う?私のこと信用してないんでしょ。」
「…そうじゃない。」
「なら何なの。」
「…どうしても私以外の男に素肌を許したというのが我慢できなかったんだ。」
そう呟くと震える腕でエレノアを抱き寄せ、肩口に鼻先を預けたまま動かなくなってしまった。
重いと文句を溢してみても一切反応することもなく、ただ深呼吸を繰り返しているだけで。
暫くは好きにさせようと目を閉じ身体から力を抜いていくのだった。




