24. 思惑
ミノラ地方にあるノース村。
山の上にあるそこはミリアの故郷であり、久しぶりに帰省した彼女は目を輝かせている。
「エレノア様!ここが私の生まれ育った村です。」
カンノーロのように露店が立ち並ぶこともなく、皆自給自足をしながら生活しているようだ。
田舎らしい排他的な雰囲気は残るものの、小さな村というだけあってミリアを見ると皆満面の笑みを浮かべ、言葉を交わしている。
「アンタ、公爵様に仕えるって出ていったんじゃ…?まさか追い出されたのかい!?」
「違いますよ!この方が私がお仕えしている公爵家のエレノア様です。お強くて優しくて、心からお慕いしています。」
「そうかい、そうかい。安心したよ。公爵家といえばあまり良い噂を聞かなかったからね。」
小声で話し始めたが、丸聞こえで。
腕組みをしたまま村人を見据えているジュリアスは少し不機嫌そうだ。
「ミリア、嬉しそうだね。」
「久しぶりだからだろう。」
「ロルフも戻りたいって思うことあるの?」
「…そうだな。エレノア様が一緒に来てくれるなら戻っても良い。」
「え?」
「おい、私の前で妻を口説くとはいい度胸だな。」
「エレノア様から離婚の申し出をされているような奴が夫と言えるのか。」
「…なんだと?」
「ちょっと、こんな所で喧嘩しないでよね。」
「今のはロルフの態度が悪い。」
「そう?アストールには行ってみたいから断る理由ないし。貴方が怒る理由はないと思うけど。」
「来てくれるのか?」
「勿論!次のお出掛けはアストールに行こうね。」
「あぁ、楽しみにしている。」
そう言うと手袋を外し、エレノアの髪を優しく撫でながら頬を緩め至福そうな表情をしている。
二人の和やかな雰囲気にジュリアスは先程までの不機嫌な表情を更に不機嫌になったようで、ライオネルに宥められながら馬車の近くに移動させられたようだ。
短気な人だと呆れているとミリアが今日の宿屋の手配を終えたようで走り寄ってくる。
「エレノア様、こちらへ。奥に広い宿があるんです。」
彼女に促されるまま村の奥に入ると立派な作りの二階建てが見え、中に入ると主人がにこやかに迎えてくれた。
「ようこそ、エレノア様。ミリアからお話は伺っております。粗末な荒屋ですが、二階にお一人様に一つずつお部屋をご準備していますのでごゆっくり疲れを癒やしてくださいね。裏に温泉がありますから、後で娘に案内させましょう。」
「ありがとうございます。」
お礼を伝えてから階段を上がると奥の部屋からジュリアス、エレノア、ライオネル、ミリア、ロルフの順で割り当てられたようだ。
中は簡素な作りで、木製のシングルベッドとサイドテーブル。
裏に温泉があると言っていたこともあり、お手洗いと洗面台が扉の先にある。
ロルフによって運び込まれた着替えの入ったケースを開け、下着やバスタオル。
動きやすいワンピースとアメニティグッズを小さめのショルダーバックにしまっているとノック音が聞こえてきた。
「エレノア様、ご準備いかがですか?先程湯替えをしたところなので、もし良ければご案内いたします。」
彼女の言葉に扉を開けるとまだ幼さを残した赤茶色の髪の少女が笑みを浮かべている。
早速裏手に案内してもらうと露天風呂でよく見る丸石で作られた浴槽が見え、湯気が上がっていた。
塀で囲いがされているものの木々に囲まれているため人目はなさそうだ。
お礼を言うと嬉しそうに戻っていった彼女を見送ってからドレスを脱いでいく。
お出かけ用に簡易のものにしてもらって正解だ。
先に身体と髪を洗い、紐で纏めてからかけ湯をして湯船に浸かるとぬるりとした湯に美肌温泉だと言っていた言葉に頷ける。
少し暗くなりつつある空を見上げていると人影が見えた。
腰にタオルを巻いた姿の彼は割れた腹筋が見え、流石は元聖騎士というだけあって鍛え抜かれた身体をしている。
「ロルフ?」
「エレノア様!?わ、悪い。今なら誰も入って居ないと言われたのだが…。」
「私もそう聞いたよ。かぶっちゃったのかな。」
首を傾げながらそう言うと踵を返したロルフの姿が見えた。
せっかく来たのに入らないまま戻るつもりなのだろう。
「え?入って行かないの?」
「いいのか。」
「元々混浴って話は聞いていたし、ロルフが嫌じゃなければ。」
「俺が嫌なわけ無いだろ。」
そう言うと背を向け湯船に入ってきた。
手前側にある小さめの風呂で既に髪を洗ったようで普段少し立っている髪がしっとりと濡れ、雰囲気が違って見える。
「どうした?」
「髪が濡れてるところ初めて見たからつい。」
「あぁ、俺は癖毛だからな。普段は勝手に広がる。」
「そっか。どっちも似合うと思うけど…痛っ!」
「どこが痛む!?見せてみろ。」
いきなり首筋に痛みを感じ声を出すと彼は驚いたように近づいてきて腕を取られた。
タオルを付けたまま入っていいとはいえ、下着もつけていない状態での至近距離は流石に焦ったが、ロルフは痛みがあった首筋を見ることだけしか頭にないようですっかり抜け落ちているようだ。
既に赤く腫れており、虫刺されにしては酷い。
とはいえ、虫どころか危険な生物自体見かけなかったと辺りに視線を彷徨わせているとエレノアの身体から力が抜けていくのを感じた。
「エレノア様?」
「…なん…か…へん…。」
目の前がぐるぐると回る感覚に流暢に言葉を話すこともできず、そのまま意識を失ってしまう。
何度か呼びかけてみても完全に意識のないエレノアを抱き上げ、部屋へ運び込んでからミリアに着替えを任せた。
彼もすぐに着替えを済ませ、濡れた髪のまま彼女から聞いたこの村にいる唯一の医者を呼びに宿屋を後にするのだった。




