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23. 元婚約者

あれからクロスタータを食べ終えた二人は、道に立ち並ぶ屋台を見ながら歩いている。

その中の1つで小物が売られている店へと視線を向けたエレノアは願いの叶うミサンガのような作りのブレスレットを見つけ、別件で買い物をしてくれているロルフとミリアにプレゼントしようと選んでいた。


「ジュリアス様…?」


隣から聞こえてきた透き通るような声。

先ほどまで無表情のまま腕組みをしていたジュリアスはブロンドの髪の綺麗な女性を見て目を見開いている。

彼女の大きな青い瞳には涙が浮かべられ、勢いよく彼へと抱き着いた。


「…バレンシア。」


「ジュリアス様!お会いしたかったです。」


無理矢理離すこともなく、背中を優しく撫でている姿を見ると親密な関係のようだ。


「何故ここに?」


「…ジュリアス様がこちらにいらっしゃると屋敷で聞いたので。そちらの方は…?」


「妻のエレノアだ。」


その言葉に反応したバレンシアがエレノアへと視線を向けると、先ほどまでジュリアスに向けてた甘える表情から怖いほど冷たい表情が見える。

こういう態度を取るということは彼に特別な感情を抱いているのだろう。

確かに黙っていればイケメンの部類に入るのかと納得した彼女はとりあえず軽く会釈をしておく。

その態度が気に入らなかったのか。

余計に不機嫌にさせてしまったが、エレノアには関係ないようだ。


「彼女はマドリード侯爵家の令嬢だ。」


「それだけじゃありませんよね…?私、ジュリアス様の元婚約者です。」


「…あぁ。」


「貴女との政略結婚が無ければ、私とジュリアス様は…。」


「過去の事だ。」


「酷いです…。あの頃は毎日のように愛の言葉を囁いて下さったのに。」


へえ。

エレノアと結婚する前に婚約者が居たのか。

彼女へのあの態度は政略結婚だったからという理由だけではなかったらしい。

それほど好きな相手が居たのなら、何故私なんかに愛しているという言葉を軽々しく言ったのだろう。

一瞬そんな考えがよぎったが、どうでもいいかと結論付け二人から視線を離した。


「…私は今もお慕いしております。政略結婚の件、破棄してもよいと伺いました。私と…。」


「エレノア様。」


「ロルフ?」


「限定品のアイシングクッキーの店を見つけた。」


「え!?どこどこ!」


白銀の鎧を着たロルフはちらりと抱き合ったままの二人を視線を向けたが、エレノアの呼ぶ声が聞こえすぐに踵を返す。

楽し気に話をしながら購入したばかりのアイシングクッキーを頬張っている彼女はその辺にいる民と同じだ。

彼にふさわしいのはこの私で彼女のような存在のはずはない。

そう思いながらジュリアスへと視線を向けてみるが、彼の瞳は彼女だけを捉えている。


「ジュリアス様?」


「…エレノア。」


「ジュリアス様!」


「すまない、少し待っていてくれ。」


ジュリアスはそう言うと彼女の手をほどき、エレノアの元へと歩みを進めていった。

手に持っていたクッキーをロルフの口元へと持っていく姿に自分ですらまだしてもらったことのない行為だと嫉妬心が芽生えたのだ。

横からぱくりとくわえれば彼女から驚いたような表情が見える。


「え、なんで…。」


「甘さ控えめのクッキーか。」


「ロルフのクッキーだったんだけど。」


「フン。」


「まあいいや。」


「よくないだろ。俺のは?」


催促するように顔を近づけながら口を開けるロルフに楽し気に笑ったエレノアはピンク色のアイシングが施されたクッキーの一つを放り込んだ。

満足そうな表情をしながら口を動かしており、二人の関係を見ていたバレンシアは何かを思いついたようににんまりと笑みを浮かべる。


「ジュリアス様、そちらの方は?」


「エレノア専属の騎士でロルフだ。」


「もしかしてアストールの聖騎士ルドルフ・アシュクロフト様ですか…?」


「昔の話だ。」


「昔って…アストールにいる友人の話では貴方を探していると…。」


「興味ない。俺はエレノア様に忠誠を誓ったからな。」


「…もしかしてルドルフ様はエレノアさんにご好意を?」


「ぇ?」


「無表情で有名だと伺っていたのにエレノアさんを見る視線が穏やかですから。とてもお似合いだと思いますよ。」


満面の笑みでそう言ったバレンシアだが、彼女へと視線を向けたロルフの表情は氷のように冷たく。

言葉にはしていないが、余計なことを言うなと釘を刺されているようだ。


「…エレノアは私の妻だ。ロルフがどう思っていようと関係ない。」


「ジュリアス様?もう政略結婚は続けなくていいのですよ?お父様も二人が良ければ再婚してもいいと…。」


「悪いが、私にその気はない。」


「…え?」


「妻を愛している。」


「…どういうことですか?少し前まで…。」


断られるなど、思ってもみなかったバレンシアは顔色を真っ青にして目を見開いている。

数か月の間に何があったのだろうか。

エレノアの髪にそっとキスをしたジュリアスを見て優しい声で私だけに声を掛けてくれた彼はもういないのだと理解した。

その瞬間、彼女に対して憎悪の感情が沸き上がってくる。

エレノアさえいなければ今頃私はジュリアス様と幸せな結婚生活を送っていたはず。


― 殺してやる ―


心の中で芽生えたその気持ちが彼女を冷静にしていく。

すっと口元に笑みを浮かべ、少し寂し気にしながらも物分かりの良い女性を演じれば納得してくれたのだとホッとした顔が見えた。


ジュリアス様。

すぐに私がお救いしますからね。


踵を返したバレンシアは人波に紛れて何処かへ歩き去っていくのだった。

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