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22. カヴェコの街と告白

あれからどれくらいの時間が経ったのだろうか。

ふかふかのベッドに寝返りを打とうとしたが、後ろから抱き込まれているようで動くことができなかった。

首元で呼吸を繰り返しているようで何だか擽ったい。

ゆっくり瞼を開くと見慣れない天井に何が起きたのか思い出してみる。

公爵にイラッとしてそれから…。

そうだ。

後ろから何かを嗅がされそのまま眠ってしまったんだったとありえない状況に身動ぎを繰り返した。


「…起きたか。」


「これはどういう状況ですか?あの兵士達は?」


「あれくらいなんでもない。怪我はしなかったか?」


「…してませんけど、後ろから何かを嗅がされたような。」


「何故自らを犠牲にしようとした?ロルフが居ればあれくらい一瞬で片が付いただろう。」


「…人質がいる状況で彼にどちらかの選択をしてもらいたくなかった、それだけです。」


「お前はロルフとミリアに甘過ぎる。」


「私の専属ですから。それより貴方にムカついているので早く離して。」


「…。」


「はぁ。」


「…私が悪かった。だから二度と会いたくないなんて言わないでくれ。流石に傷付く。」


「へえ。貴方でも傷付いたりすることあるんですね。」


「…ジュリアス。」


「?」


「私の名だ。そろそろ覚えてもいいだろう。」


「ジュリアス、様?それともジュリアスさん?」


「好きなように呼べばいい。それに敬語は不要だ。」


「それは楽でいいけど、公爵夫人として正しい姿なんて私に期待しないでね。まぁ、離婚すれば済む話か。」


「…しない。」


「?」


「離婚はしないと言っている。諦めろ。」


「なんで?死んで欲しかったんじゃないの。」


「…今は違う。エレノア、お前が欲しい。」


いつの間にか体制を変えた彼は上から覗き込むように真剣な眼差しでこちらを見ている。

公爵である彼のことは好きではないが、この状況は流石に予想外で視線を逸らすことしかできなかった。


「…キスしてもいいか。」


「何言って…!」


疑問形ではない言葉に何言っているんだと抵抗するつもりが、そのまま吸い込まれるように唇に当たるふっくらとした感触。

一瞬の出来事がとても長く感じる。

唇が離れるとそのまま抱き寄せられ、あまりの突然のことにまだガトーショコラ食べてないんだったと現実逃避してしまった。


「エレノア、エレノア。私のエレノアだ。誰にも渡さない。愛してる。」


「…それ、何かの冗談?」


「私が冗談を言う人間に見えるか。」


「どうだろう。正直どんな人かもわからないし。」


「そうだな。私たちは一からやり直す必要がある。」


「やり直す?」


「何から始めるべきか…。ライオネル、お前ならどうする。」


「そうですね。一緒にどこかへお出かけになってみてはどうですか。」


「エレノア、どこに行きたい?」


「カヴェコの街といえば…。」


そういえばとキョロキョロと視線を彷徨わせると持ってきていた雑誌が机に置いてあるのが見える。

ジュリアスを無理矢理退かしてから開いてみれば、クロスタータというタルトが描かれていた。

通常のタルトよりも生地がしっとり軽く、クッキーのようにほろほろと崩れるような食感で朝食として食べられているとか。

ポピュラーではあるが、各家庭で作られるクロスタータは販売されることが少ないため、カヴェコの街でしか食べられないという。

それなら絶対に食べておきたい。


「これを食べたいのか。」


「ここでしか売ってないらしいからね。」


「農民のデザートだろう。そんなものが食べたい…。」


「どうせ貴方にはわからないよ。ロルフかミリアと一緒に行くから気にしないで。」


そう言ってみたものの彼はついて来る気満々のようで、カヴェコの街にあるカフェテラスで紅茶とともにクロスタータを目の前にしている。

一口含んで見ればタルトとは違うホロホロとした食感と甘めのチェリージャムのフィリングがとても良く合う。

美味しいと自然に溢れる言葉に黙ったままクロスタータを睨んでいたジュリアスはやっとフォークを手にすると一口サイズを含んだ。


「…確かに美味い。」


「でしょ?農民の食事だからとかそういう偏見を持ち続けていたら一生出会うことのないものだったんだよ。」


「…そうだな。」


「気持ち悪、やけに素直じゃん。」


「失礼だな。私はいつも素直だ。ただ、幼い頃から次期公爵として育てられたからな。農民の食は相応しくないとそう教えられていた。」


「へえ、公爵って窮屈なんだね。あれもこれもダメなんて楽しみが1つもなくなりそう。」


「…最近はそうでもないさ。」


彼はそう言うと転生してから一度たりとも緩められることのなかった口元を緩め、もう一口クロスタータを含んでいる。

先程までの偏見は一切なく、流れるように食を進める彼は普段感じる威圧感はない。

初めて浮かべたその表情があまりにも綺麗で言葉を発することができないのだった。

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