2.食べ歩き
あれから姿見で確認したエレノアが漆黒の髪に紫色の瞳の美女であることがわかり、思わずガッツポーズをしたのは言うまでもない。
別に平凡な容姿であっても私が自由に生きる上では何も支障は出ないのだが、容姿端麗であればその自由度も確実に上がる。
それにだ。
彼女の体型は万年ダイエッターだったあの頃とは大違いで食べても太らない体質という最高の条件を神様は与えてくれたようでここ数日はこの世界の美味しいと言われる料理を食べまくる楽しみを見出していた。
ここの生活最高!
極悪公爵もといくそ野郎は自ら会いに来るような人物ではないため転生を受け入れてからも未だお目に掛かれていないが興味がないのでこのまま死ぬまで会わなくてもいい。
ミリアとしてはそんな姿がカラ元気に見えたようで心配そうにしていたが、本当に私としては全く問題ないため何度も彼女にそう言い聞かせ、やっと最近ではそういった心配をしなくなったようだ。
「エレノア様、本日は外出されるのですよね?」
私の髪をハーフアップにしながらいう彼女に頷けば嬉しそうに笑みを浮かべている。
そう、今日はこの世界で初の食べ歩きを実行するべく朝から準備をしているのだ。
彼女が割り当てられていた一室は転生前の私が住んでいたワンルームを豪華で広くしたような作りで軟禁生活でもしているのではないかという懸念していたが、彼は私に一切興味がないらしく外出は勿論、外に愛人を作ることも許可しているという。
本当に利害が一致した故の夫婦関係のようだ。
そんなことを考えながら一番動きやすく、最近お気に入りになっている青いドレスに身を包み、ワクワクしながらミリアに開けられた扉を後にすると途中金髪蒼眼の男性と視線が合ったが、知り合いでもなければ興味もないとすぐに開かれた扉へと移す。
そこから見える中世ヨーロッパを思わせるような庭園と活気のある街に思わず驚嘆の声が漏れた。
街へと続く歩道は白い石のようなもので舗装され、パンプスを履いていても歩きやすいように配慮されているようだ。
「まずはどこがいいかな?ミリアはいつもどこに行くの?」
「私は庶民的な所にしか行きませんのでエレノア様の好みではないかと…。」
そんなことを言う彼女を強引に説得して連れてきてもらったのは綺麗な表通りとはがらりと雰囲気を変えた舗装もまばらな場所。
祭りのような露天形式なこともあり、こちらの方が活気がある。
キョロキョロと視線を彷徨わせているとミリアが一つの店の前でその歩みを止めた。
ドーナツが大きく描かれた看板が特徴的なこのお店が彼女のオススメのようだ。
店主であろう男性に1つ頼めば、ドーナツが紙に直接包まれた状態で手渡される。
「美味しそう。いただきます。」
両手で受け取り、パクリと食べればサクサクの生地の中にたっぷりと入った黄金色のクリームはちょうどいい甘さでほのかに香るシナモンが食欲をそそる。
「美味しい!」
「ほ、ほんとですか?」
「もちろん。こっちの種類も下さい。」
あまりの美味しさに顔をほころばせているといつの間にか人だかりができていた。
始めこそ私に関係ないと気にせずにいたが、あまりの視線に仕方なく食べるのを止めて彼らへと視線を向ける。
「エレノア様ですよね?」
「そうですけど…。」
「やっぱりエレノア様だ…。」
「でもエレノア様が何故こんな所に?公爵様は汚いと仰って絶対来られないのに…。」
「…ッチ。ここでもあいつはくそ野郎だな。」
「え?」
「いえ!外見しか見られない人にここの良さはわからないのでしょうね。」
「エレノア様はそう思わないと?」
「汚くはないのですか?」
「何が汚いと思うのです?」
「直接口で食べるなんて無作法だと…。」
「そんなことありませんよ。このお菓子はサクサクの食感とたっぷりのクリームがその美味しさを引き立てているのにそれをナイフで潰して食べるなんて愚の骨頂です。サクサク感を楽しめず、無駄にお皿にクリームを擦り付けるようなものですし。」
ね?とミリアに言えば嬉しそうに何度もうなずいているのが見えた。
こうやってそのまま頬張るからこその美味しさだというのにくそ野郎はどこで聞いてもくそ野郎であることに変わりないらしい。
思い出すと腹立たしいが、美味しい食べ物を食べているときにイライラするのはやめようと思考を止める。
私の言葉で皆喜んでくれたようでオススメのお菓子や料理を教えてくれる彼ら。
その優しさに知らず知らずのうちに満面の笑みを浮かべていた。
「エレノア様!」
「ん?」
「あまり愛想を振りまかれると皆に好意を持たれてしまいますよ…?」
「それ何か問題?」
「下々の者ですから…。」
「好意に上も下も関係ないよ。人から受ける好意は何であれ嬉しいって感じるし。」
「…本当にエレノア様はお優しいですね。」
「そんなことない。私は嫌いな人に対してははっきりとした態度を取るんだから。」
「嫌いな方ですか?」
「そう、くそ野郎とか。」
「くそ野郎とは誰のことだ?」
いきなり聞こえてきた声にミリアは聞き覚えがあったようで恐怖の表情を浮かべ身体を小さく縮こませる。
見たことのない姿に誰だと振り返れば屋敷を出る前に見た金髪蒼眼の男性が馬に乗ったまま怖いくらいの鋭い視線をこちらに向けていた。
よく見れば端整な顔立ちをしているようだが、狭いこの場所に馬に乗って現れる時点で常識を知らない迷惑野郎だと認識する。
「貴方に関係あります?」
「大いにあるな。」
「どこが?」
「エ、エレノア様。」
「どうしたの、ミリア。」
「…あ、あの方が旦那様…。」
「え!?これが例の!?うわー納得。」
「どういう意味だ。」
「こんな狭いところで馬に乗るとか常識ないんですか?子供も歩いているから危ないし、そもそも邪魔だし。それにここを汚いと嫌っていた貴方が何しに?」
「…。」
「答える気もなさそうですし、私自身、貴方の回答に全く興味がないので用がないならいいですか?まだ他にも回りたいお店がありますから。」
軽く会釈するとスタスタと歩き去っていく。
そんな姿を唖然とした表情で見送る彼。
今まで彼を見ていた彼女は恐怖の表情を浮かべ自分の意見を発言することはなかったはずだ。
見目は変わらないのに別人のような態度に戸惑いを隠しきれないままエレノアの後ろ姿を見送るのだった。