19. 王家のお茶会
公爵と共に城に向かえば、すぐに別々の客間へと通された。
お茶会は女性専用らしい。
面倒だから壁の花にでも徹しようと静かに移動するつもりが1人の女性と目が合ってしまった。
白銀の長い髪と真紅の瞳。
色白の肌は絹の様に滑らかと見るからに想像できるほど綺麗なものだ。
とはいえ、知り合いでもないからと視線を逸らそうとしたがその前に彼女が口を開いた。
「貴女がかの有名なリティル公爵の夫人かしら。わたくしのことは勿論ご存じよね。」
「どこかでお会いしたことありましたか?」
「貴女!オレーシャ王女を存じ上げないなんて無礼にも程がありますわよ!?」
「王女様?それは失礼いたしました。」
「いいのよ。田舎出身の元侯爵令嬢ならわたくしを知らなくて当然だもの。」
見下したような表情をした王女に嫌味を言われているのだと理解したが、これくらいならわざわざ反応する必要もない。
暇な人だと勝手な解釈をして無言を貫いていると気分を良くしたのか。
高らかな笑い声が聞こえ、それに続くように取り巻き達も笑い声を上げ始めた。
「黙ってしまうなんてリティル公爵のために服毒自殺したという噂は本当みたいですね。」
「なんでもいっそのこと死んでくれたら楽だといわれたとか。」
「政略結婚だもの。愛が無くて当然だというのに何を勘違いしたのでしょうね。」
「そこまで言ったら可哀想よ。ほらもう泣きそうよ。」
好き勝手言い始めた取り巻きを宥める様にしながらこちらに視線を向けた彼女の目には私が泣きそうに立ち尽くしているように見えるらしい。
全く以て泣きそうではないのだが、勝手に言ってろと無視を決め込んでいた。
それも全てこの後に控えているミノラ地方へのお出かけのため。
正直、彼女たちを口で負かすことなど造作もないが。
ここで揉め事を起こすことで白紙にされては意味がないとただ我慢しているのだ。
「あ、いたいた!」
「お兄様!?」
「エレノア、城に来てるなら真っ先に俺の所に来てよね。」
勢いよく扉を開けて入ってきたのは花の都で出会った王子イライアスの姿で、女性専用という言葉は彼には関係ないようで満面の笑みを浮かべているのが見える。
それにしてもオレーシャ王女の言ったお兄様という言葉。
よくよく考えれば王子と王女が兄妹なのは必然なのだが、嫌味に気を取られていたため今更気付いたと二人を見比べているとイライアスに無視されたことで先ほどまで機嫌の良さそうだった彼女の顔が一気に歪んでいった。
また面倒なことに巻き込まれそうだとため息を溢したが、彼にはそんなこと関係ないらしい。
「どうしたの、エレノア。会うのが少し久しぶりだから緊張してくれているのかな。」
「それはないです。」
「ふふ、いつものエレノアだ。」
「お兄様!どうして無視なさるのですか!!」
「あ、オレーシャ居たんだ。エレノア以外視界に入らなくなってたみたい。何か用?」
「っ。」
「用がないなら彼女を連れてっても良いよね。エレノア、あっちに君の好きなお菓子を用意したんだ。」
さり気ない動作で腰に手を当てられ、そのまま別の部屋へと案内された。
断ろうかとも考えたが、ここで嫌味を言われ続けていたらそのうち本性が出てきてしまいそうだと思っていたからちょうどいい。
そんなことを考えながら促されるまま椅子にソファーに腰かけるとテーブルに用意されたお菓子の数々に目を奪われた。
「エレノアは甘い物を好んで食していると聞いたからね。色々用意したんだ。これとかおすすめだよ。」
彼が示したのは苺の乗せられた白いムースのようなもので、初めて見るそれにこれは何だろうと観察してみる。
「これはクレームダンジュと言ってクセの無いフレッシュチーズのフロマージュブランに泡立てたクリームとグラニュー糖。あとメレンゲを混ぜて作るものだよ。ムースのようにしっとりと軽い口当たりでベリー系のソースと相性抜群だから是非食べてもらいたくてね。」
「いただきます。」
挨拶を済ませてからフォークで一口含んでみると彼の言う通りのムースのようにしっとりとした食感と酸味のあるベリーソースがアクセントになりとても美味しい。
「気に入って貰えたみたいで良かった。城ではポピュラーなものだけど、城下町で売ってるのは見たことが無いからまだ食べたことないかなと思ってさ。」
「初めて食べました。軽い口当たりだけあって何個でも食べられますね。」
「オレーシャも好きでよく食べているよ。」
「そういえば、怒ってみえましたけど良かったのですか?」
「あれはいつものことだよ。少し我が儘なところがあるんだけど、嫌なことされなかった?」
「大丈夫ですよ。」
「そう。もしオレーシャに何かされたらすぐに俺に言ってね。いい子ではあるんだけど、父上が甘やかすから…。」
「王様から見れば可愛い娘ですし、仕方ありませんよ。少しくらいの事であれば、私も大人なので反応するつもりもないです。」
「少しくらいならいいんだけど、ね。」
遠くを見た王子に何だか不穏な空気を感じたが気のせいだと思い込むことにする。
基本的には城に用事はないのだから、次会う頃には私のことなど記憶から消えていることだろうとそんなことを思いながらクレームダンジュをもう一口含むのだった。




