18. 要求と条件
あれから3ヵ月。
季節が夏に移り変わったこともあり、なかなか塞がらない傷に毎日のようにため息を溢していたが今日の診察でやっと医者から許可がおりた。
これからは周りの顔色を伺いながら外出する必要が無くなったことに万歳して喜んだのは言うまでもないが、傷跡が残ってしまった事をミリアは気にしているようだ。
私としては服を着てしまえば気付かれない部分ゆえに全く持って気にしていないのだが、この世界では身体に傷を負っていることは不浄とされるらしい。
特に階級社会ではこの辺りにとてもシビアだというが、そんなことに興味を持つはずもなく旅人から入手した街や村の名物が記載された雑誌に近い本を眺めながらどこへ行こうかと思案していた。
ペラリとページを捲るとひときわ目を引いたスフォリアテッラというお菓子。
10cmほどの貝殻のような形が一般的で、薄く延ばしたパイ生地を何層にも重ねて作るのが特徴らしい。
焼き上げるとパリパリとした食感が楽しめ、リコッタチーズやシナモン、オレンジのクリームを使われているという。
パイ生地の時点で美味しいのは確定だろう。
ミノラ地方にあるというそれはミリアの出身地の近くかもしれないと今しがた済ませた朝食を片付けに部屋を後にした彼女のことを考えているとノック音が聞こえてきた。
「エレノア、私だ。入るぞ。」
ミリアが戻ってきたのかと思ったが、公爵が何の用だと警戒しながらも断る理由もないため黙っていると正装をした彼が入ってくる。
そういえば普段からきっちりとした服装を好んでいるとかミリアから聞いた気がするが、私には関係ないと今まで記憶から消し去っていた。
「何か御用ですか?」
「王家の茶会に出席しろ。」
「…は?」
「公爵夫人としての務めだ。」
「務めはわかりますけど、言い方が気に入らないのでお断りします。」
「っ。」
「他にすることがあるので、出て行ってもらっていいですか。」
「…出席してくれ。」
「嫌。」
「お前はどう頼んだら満足なんだ。」
「お前とか言ってる時点で無理。ロルフ、馬車の準備してくれる?」
「わかった。」
公爵とのやり取りを部屋の端で聞いていたロルフにそう頼めば、一つ返事で了承してくれる。
元々出掛けるつもりで準備していたのだ。
扉の近くで立ち尽くしている彼には一切興味がないと横を通り過ぎるつもりでいたが、腕を掴まれたことで動きを遮られた。
「はあ…まだ用があるんですか?」
「…。」
「そんなに出て欲しいの。」
呆れるようにそう問えば小さく頷くのが見える。
その姿は普段周りに見せる威圧感は一切取り払われ、叱られた子犬の様に垂れ下がった耳と尻尾が付いている気がした。
出会った頃より雰囲気が丸くなったように感じていたのは気のせいではないらしい。
頑なに断り続けることも出来るが、これを利用しない手はないとにんまりと笑みを浮かべる。
「条件が1つあります。」
「なんだ。」
「お茶会に出席したら遠出する正式の許可を下さい。ミノラ地方は日帰りの距離ではないですし。」
「ミノラ地方…なるほど、スフォリアテッラを食べに行くつもりだな。」
「え、何で分かったんですか!?」
「…フン。」
「まあいいや。それで?条件は吞んでもらえます?」
「いいだろう。」
意外にもあっさりと了承してもらえたことに拍子抜けしたが、これで前回のように連れ戻されるという心配は無くなった。
それほどまでして私を出席させたいという王家のお茶会とはどういうものなのだろうか。
上流階級の集まりというのは理解しているが、ただ軽食を食べ紅茶を飲むだけならそこまで気を負う必要もないだろうと先の楽しみを考えながら満面の笑みを浮かべるのだった。




