16. プレゼント
ナイフに刺された傷は激しく痛み、悶えるとか小説によくあるからと身構えていたが全く痛みを感じず拍子抜けだ。
もしかして実は死後の世界?と馬鹿なことを考えたが、見慣れた屋敷の天井にそれはないなとすぐに自ら否定した。
「エレノア様、おはようございます。」
「おはよう、ミリア。…なんか怒ってない?」
「いいえ。食事をお持ちしますので私はこれで。」
「ま、待って!」
「何ですか?」
「やっぱり怒ってる…。心配かけたんだよね。本当にごめん。」
「…エレノア様はやっぱり私を必要としてくださらないじゃないですか。」
ぽろぽろと涙を流すミリアの姿にどうしようと焦りながら視線を彷徨わせていると、抱きついてくる。
ぽんぽんと子供をあやすようにすれば本格的に泣き出した彼女にしばらく寄り添っていれば、落ち着いたようだ。
「…その怪我ロルフを庇ったとか。」
「違うよ。元々私に怪我させようとしてたのをロルフが遮っててくれて…それを受けたって感じ!」
「受けたって感じ、じゃありません!何かあったらどうするつもりだったんですか!?あんなにたくさんの血が流れて…。」
「あの時はなーんにも考えてなかったんだよね。次は気をつけます。」
「次はない。俺が守るからな。」
そう言って入ってきたのは御者の姿ではなく白銀の鎧を纏ったロルフで、見違える姿に何度も瞬きを繰り返した。
「何か変か。」
「見慣れないなぁと。」
「俺も久しぶりに着たから窮屈だ。」
「どうしてそんな格好してるの?」
「これから先、俺はエレノア様だけに剣を振るうと決めた。」
真剣な眼差しでそう言われたが、何処からそうなったんだろうか。
彼に迷惑を掛けた記憶があるが、慕われるようなことをした記憶はない。
「…それは嬉しいけど、私にその価値ある?」
「ある。」
「そ、そう。」
無表情のままそういう彼にそれ以上否定することはできなかった。
抱きついていたミリアとロルフの間に火花が見えるのは気の所為だと思い込むことにして周りを見渡すと端の方に見えるカラフルなリボンが掛けられた大量の箱にこんな物あったかと首を傾げる。
「あれは旦那様が買ってこられたものですよ。」
「え?何のために?」
「エレノア様を取られないよう必死そうでしたね。」
「私を取られるって、そもそも誰のものでもないし。」
そんなことを言いながらもくれるなら貰っておこう精神で箱の中身を確認するべく動こうとしたが、ミリアによって遮られ無言のロルフが軽々と大量の箱をベッドに並べていく。
「うわ、高そうなドレス…。何この宝石、でか!」
そんなことを言っているとライオネルが扉を静かに開き、リティル公爵が入ってきた。
「目が覚めたのか。」
「はい。」
「何かご用ですか。エレノア様は病み上がりなので御身体に障るような言動はお控えくださいね。」
「私がいつ…。」
「そもそも、エレノア様に徒歩で行くように指示されたのは何方でしょうね。」
「…っ。」
「ミリア、もういいよ。あれは私もちょっと意地になってたところもあるし。贈り物ありがとうございます。こんなに高価な物を贈って頂かなくても大丈夫ですよ。貴方がどれ程私を嫌っていたとしても、離婚するまでここが私の部屋ですから。」
「……はない。」
「ん?」
「必要な物があればライオネルに言うといい。」
「ありがとうございます。」
「エレノア様、外にまだあるようだが持ってくるか?」
「え、まだあるの?」
「…あれは私じゃないぞ。」
「じゃあ誰が?」
「イライアス王子とハーヴィンだろう。要らなければ送り返せばいい。」
「貰えるものはいただく主義なので。ロルフ、持ってきてもらえるかな。」
静かに頷いた彼は部屋から出ていった。
「エレノア。」
「何でしょう?」
「出掛けるのは良いが、私無しで遠出はしないでくれ。」
「それは無理ですね。」
「…なぜだ。」
「御公務のある貴方を連れての遠出は場所が限られますから。それにミリアとロルフが着いてきてくれるのであれば問題ないのではありませんか?」
「ある。私はもう二度とあんな想いはしたくないからな。」
ゆっくりと近づいた彼は彼女の髪にそっと触れる。
その手は驚くほど震えていて極悪公爵と呼ばれる人物とは思えない程だ。
心配してくれている?と考えてはみたが、そう簡単に公爵が心変わりするのだろうか。
ただ、ワレモノでも触るかのようにする彼のその表情は痛々しいもので普段ならすぐに止めさせているところだが、受け入れ続けることしかできないのだった。




