12. ドレス
働き始めたことで体力の付いたエレノアは目標金額まであと少しだと意気揚々としながら宿屋を後にした。
「エレノア、今日も綺麗だね。」
にっこりと笑みを浮かべながら言う彼はこの国の王子でイライアスというらしい。
あまり気にしていなかったが、浅黒い肌に銀色の短髪と真紅の瞳。
整った顔立ちは後ろから聞こえる女性特有の黄色い声の元凶だろう。
正直関わりたくないというのが本音だが、彼はいつまで経っても城に帰ろうとしないのだ。
イライアスと仲の良いトラヴィスも呆れているようだが、彼の命は絶対なのか。
文句一つこぼしていない。
「無視とは酷いな。」
「何か用ですか。」
「今日、ここで王家の夜会が開かれるのは知っているかな?」
「知りません。私に関係もないですし。」
「関係はあるよ。エレノアに参加してもらうからね。あぁ、俺がエスコートするから心配はいらないよ。」
「うん、何から突っ込めばいいのかな。とりあえず、参加しませんしエスコートも要りません。」
「君がどれだけ拒否しても強制参加だから。さ、ドレスに着替えに行こうか。」
さり気なく手を取られ、連れて行かれた先はいかにも高級そうな佇まいの仕立て屋でお気に入りのワンピースを着ているとはいえ、場違い感に入るのを躊躇してしまう。
しかしそんな彼女などお構い無しで扉を開くと中へ促した。
「イライアス殿下、お久しぶりでございます。今日はどのような御用でしょう?」
「夜会用にイブニングドレスを買いに来たんだ。」
「そうでしたか!この時期ならオーガンジー素材のものがいいでしょう。オフショルダーのこちらはいかがですか?少し露出はありますが、これ程綺麗な方ならお似合いになるかと。」
「そうだね。色はこれしかないの?淡い色も良いけど、黒髪なら赤とかも似合いそうだ。」
盛り上がっているようで何度声を掛けてみても反応しない彼らに呆れながら逃げる隙を窺っていたが、慣れた手付きで真紅のオフショルダードレスに着替えさせられる。
Aラインというシンプルな形にティアードスカートという大きめのフリルが施されたもので、派手じゃないかと思ったが問題ないらしい。
「うん、やっぱり君の見立ては流石だね。」
「恐れ入ります。こちらで化粧とセットアップしてもよろしいですか?」
「頼むよ。その間にドレスに合うアクセサリーを見繕ってくるね。」
そう言ってすぐに出て言ってしまった彼をただ目で追うことしかできなかった。
CAのドラマで見た夜会巻きに編み込みのアレンジをプラスされた髪型にレッドブラウンのシャドウにホワイトパールを重ねキラキラとした目元に少しきつめに引かれた黒いアイライン。
エレノアの長い睫毛をさらに目立たせる黒のマスカラにぽってりと塗られた赤いリップ。
艶のあるグロスを重ね塗りされ、先程までの彼女とは別人のような仕上がりである。
勿論元がいいのでそのままでも問題なかったのだが、公爵夫人の威厳というものは感じられなかったのだ。
「さっきも綺麗だったけど、こっちはなかなか来るものがあるね。」
いつの間にか戻ってきていたイライアスが取り出したのはキラキラと輝くネックレスで、当然のように翡翠色の宝石が付いたネックレスを外してから新たに着けられた。
「プリンセスダイアモンドっていうらしいね。」
「ダイアモンドって…金額聞くの怖い。」
「ふふ。イヤリングどっちがいいかな。クラスタードロップかダイカットか…迷って2つとも買ってきたんだけど。」
「このネックレスならダイカットにしましょうか。」
「うん。じゃあこれは後でドレスと一緒にプレゼントにするから包んでおいてくれる?」
「かしこまりました。」
「さ、そろそろ行こうか。」
いつの間にか準備された白馬に引かれた馬車。
黒と金のあしらわれたコーチは人目を引くのに十分すぎるもので知り合いに見られては困るとイライアスに隠れながら中へと乗り込むのだった。




