1. エレノア
目を覚ますと見慣れない天井に違和感を感じ、何度も瞬きを繰り返してみるがその景色が変わることはなく首をかしげた。
「エレノア様!!ほんとによかったですぅぅ…。」
いきなり綺麗な青い瞳が印象的な女性が大粒の涙を溜めながらすごい勢いで抱きついてきた。
彼女はいったい誰だろうか。
そしてここはどこだ。
エレノア様と聞こえたが、私の名は赤土三咲。
平凡な日本女性であってそんな外国人の名前ではない。
一体何が起こっているのだと目を覚ます以前の記憶を呼び戻してみる。
確か、そう。
いつも通り会社から車で帰宅していて…?
そうだ、事故にあったんだった。
ということはこれは夢?
そう問いかけてみるがあまりのリアルな感覚にすぐさまそれを否定する。
となるとアニメや小説でよく見る転生というものだろうか。
正直こんな展開が自分に舞い降りるとは思っていなかったが、この状況はそれ以外の結論に至ることが出来なかった。
「どうして自害なんてなさったのですか…?」
「…自害?」
「旦那様のあの言葉が原因ですよね…。」
旦那様?
なんだか不穏な空気が流れ始めた。
生前は旦那どころか彼氏すら居なかった私が転生した先のエレノアという女性には旦那様が居るらしい。
そしてその旦那様に言われた言葉で自害したとか。
突然の展開過ぎて付いていけないが、自害っていうのは自ら命を絶ったということだろう。
何故それを実行するに至ったのか気になるが、記憶を思い返してみても残念ながらエレノアの過去の記憶は持っていないようだ。
「あの言葉とはどんな言葉ですか?」
「そ、それは私の口からは…。」
「そう。…私としては貴女の口から聞く方が楽だったのだけど。」
少し視線を伏せて言えば言葉に詰まっていた彼女が観念したように話し始めた。
要約するとこうだ。
私、エレノアは政略結婚で旦那様であるリティル公爵家へと嫁いだらしい。
しかしこの旦那様といわれる彼は周囲から極悪公爵と呼ばれる程の最低な人物で、妻に対してもその矛先を向けたようだ。
些細な言動に腹を立て、"いっそのこと死んでくれたら楽だ"と告げた公爵に愁嘆したエレノアは自ら服毒自殺を図ったという。
幸い発見が早かったため、大事には至らなかったが少しでも遅かったら死んでいたという内容に顔が引きつるのを感じた。
なんだそれ。
旦那様とやらは極悪公爵と呼ばれるだけあってくそ野郎にもほどがある。
まだ一度も会ったことはないが、話を聞いているだけで嫌いな存在だと認識した。
人に死ねなどと軽々しく言うなんて公爵家が聞いて呆れる。
そもそも公爵以前に人としてどうかと思うが、この世界では爵位は代々受け継がれているだけで当時の高潔さを求めておらず、公爵以外も色々と問題が多いようだ。
この時点で地位のある人間には近づくべきではないということを学んだ。
そして私、エレノアは元々侯爵令嬢として大切に育てられてきたが数年続く干ばつの影響で領地が荒れ果て家の存続が危ぶまれていたようで、そんなときにこの極悪公爵との縁談が舞い込んだという。
彼女自身、彼の悪評について理解していたが、両親や幼い弟、領民のためにも結婚と引き換えに経済援助をする条件を呑んだようだ。
元々広い交友関係を持ち皆に好かれる存在だったエレノアも嫁いだことによって悪評が根付き、今では誰も近寄って来ない。
屋敷内でも先ほどまで泣いていた専属侍女であるミリア以外は彼女を嫌厭しているようで、この部屋には近づくことすらないという。
正直、こんな男の所に居ることを自ら選び、結局服毒自殺した彼女のことを理解することはできないが転生した私としては死んでほしいと思われるほど嫌われていること自体は好都合である。
どうせ転生前の記憶はないのだから、何をしても全く罪悪感を感じない。
好きなように生きてやる。
そう胸に刻み込んで笑みを浮かべるのだった。