7話 騎士団本部
騎士団本部は王宮の隣に建てられてる。
国王陛下の身に万が一の事が起こった時、直ぐに駆けつけられる様にとか何とか。直ぐ隣にあったし地図にも乗ってたのに僕はユージンさんの事務室を出てから最初の角でもう既に道を間違えてたのか。
お恥ずかしい。
そして本部の建物は簡単にまとめると三つに分けられている。
西側は突撃部隊
東側は防衛部隊
中央は近衛騎士団が使ってる
ちなみにオスカー団長率いる第七騎士団は突撃部隊だから専用の事務室も西側にある。
「人がいませんね。」
事務室まで続く廊下を歩いてもすれ違う人は片手で数えきれるほどだった。賑やかな王宮と違って此処は物静かで居心地がいい。
「帝国との戦争で大半の突撃部隊は戦場に出ているからな。」
第七騎士団意外は防衛を担当してる騎士団や王を守護する近衛騎士団しかいない。
騎士団本部最高責任者の大団長も帝国戦で席を外してるから防衛総司令官であるユージンさんが一時的に本部を管理している。
人員が少なくて王宮が襲撃されたら大丈夫なんだろうか?
そういえば人手不足だとユージンさんが言ってたな。
「第七騎士団の次の進軍はいつですか?」
「探索部隊によると今は魔王軍の動きがまだ無い。後数ヶ月は此処にいると思うな。」
魔王軍は神出鬼没だ。
何日も続けて現れることもあれば、数年現れない事もある。
このせいで聖王国はいつも先手を打てないでいる。
「ヴィンスは居ないんですね」
「あの馬鹿息子は居ても居なくてもどこかで問題を起こすから第二王妃様が招待する時意外は家で縛り上げてる。それでも5分も経たずに逃げ出してるがな。」
何となくその状況が想像できる。
ヴィンス、いつも暴れてるからね。
「まさか第二王妃様にも迷惑かけてませんよね?」
「あいつは第二王妃様の言うことだけは何故か聞くんだ、そこは心配いらない。」
ヴィンスが人の言うことを聞くなんて全く想像がつかないな。
弱みでも握られてるのかな?
「此処にいてもやる事無いだろう。訓練場に行ってもいいんだぞ?」
「いえ、訓練は邸でも出来ます。見学なのでもっと団長の仕事を拝見したいです。」
オスカー団長の騎士団本部での役目は団長が率いる第七騎士団関連の書類仕事でその所は父様達と結構似てる。
でも他にも部隊編成や武器・装備の調達表の作成など騎士団でしかやらない事もあるから興味深い。
...と言うのはただの言い訳で、塔にいた使用人やジェイルス公爵みたいな人にもう会いたくないからこの事務室に隠れてる。あんなトラウマはもうごめんだ。
「チッ、また資金を削減されてやがる」
うん、いつもの不機嫌な団長だ。
ずっと眉間に皺を寄せて僕の怖さランキングではあのトラウマと怒ったケレンの次くらいに怖い。
けど今は此処にいる方が安心する。
ちなみにヴィンスがやらかした時は一日中こんな顔をしてる。
「うす、坊ちゃん来ましたか?」
クルックスだ。
よく目立つ赤髪もちゃんと整えてる。
フローレンス邸に来る時は少しだらしない格好だけど制服を着てるとクルックスでも雰囲気が違う。
「あぁ丁度いい、ラートを連れてってやれ。相当使用人にこっ酷く罵られて部屋から出たがらない。根性を叩き直してやれ。」
「...気付いてましたか...」
「当然だ」
僕ってそんなに分かりやすいのかな?
「あちゃー、坊ちゃんやらかしたか。」
やらかしたって何?僕はただガラの悪い使用人と
臣下に絡まれただけだよ。
そして心に傷とトラウマを植え付けられただけだよ。
僕は何もやらかしてない。
「使用人には気をつけろと何度も周りから忠告受けてたのにダメだったか。」
「それ以上に道に迷ったら人に聞く様にと言われましたよ。」
「それでも結局迷子になったんだろ?」
うっ、何も言い返せない...
「坊ちゃんの迷子、これはもう癖というより才能っすね」
「ま、それは分かりきったことだ。とりあえずラートを連れてってくれ」
「了解。」
団員達は現在本部の裏にある訓練場でクルックスから鍛錬と言う名のしごきを受けてるらしい。外に出たら僕もしごかれるのかな?今は心が痛いから優しくしてくれると良いな。
…
無理だな。
「此処は個人の鍛錬だけでは無い。見に行って損はないぞ。」
「...分かりました」
団長には逆らえない。
逆らえるのはヴィンスくらいだ。
そして恐ろしいことに遭うのも今の所ヴィンスだけだ。
僕は渋々クルックスと一緒に部屋を後にした。
そうだ、王宮も広かったけど本部も結構広いから道をちゃんと覚えないと。
「どうしたんです?手なんか繋いで」
「迷子対策です、気にしないでください。」
*****
騎士団本部での訓練は邸で行う個人を磨く訓練とは違って集団で行動する訓練が多かった。
「魔王軍相手は数で対決する帝国戦と違って全員一箇所にまとまって戦うことは出来ない。相手がそこに魔法ぶちかまして俺たちは終いだ。だから7−8人の班に分かれて少しずつ敵を倒していくことが一番得策なんだ。冒険者達がパーティーを組むみたいな感じで一人一人に違う役割がある。」
そして班のチームワークが勝利するためにも生き残るためにも重要なことらしい。
「坊ちゃんは団長みたいに攻撃役だな。」
「文字通り攻撃し続ける役ですか?」
「おう、相手に隙が出来たら躊躇わず攻撃を与え続ける役。坊ちゃんには瞬発力が十分ある、今必要なのは前に出る勇気かな?」
クルックスから指南を受けてた時、視線を感じた。
視線の方向を見ると騎士が二人いた...
目が合った途端ジェイルス公爵の事を思い出した。
...彼らもまた『無能』と呼ばれる第七騎士団を見下すのかな...
名前だけの侯爵と家族を罵るのかな...
考えれば考えるほど、訓練剣が揺れ、いや僕の腕が震え始めた。
あの笑い声、見下す視線、誰も助けてくれなかった孤独感...
どうしよう...怖い...凄く怖い...
「坊ちゃん、大丈夫だ。」
知らないうちに俯いてた僕にクルックスが僕の背中に手を当て何度も大丈夫だと繰り返してくれた。
覚悟を決め、恐る恐る顔を上げるとまた彼らと目が合った。
彼らは敬礼した。
クルックスは軽く手を上げ騎士達は建物の中に入って行った。
あの騎士達は右袖に小星が一つ、貴族出身がほとんどの近衛騎士団のはず。
騎士達は、少なくても彼らは使用人や臣下たちと違って人を見下さなかった。
『無能』と言われてる第七騎士団、王宮で働いてる人なら皆知ってると思うのに、それでも、彼らは僕に教えてくれた。
王宮で働く皆が皆嫌な人達という訳ではないと。
この瞬間は彼らにとって些細なこと、当たり前のことだとしても。
僕の恐怖を取り除いてくれた。
彼らの敬意は本物だ。
「副団長...此処はいい場所ですね。」
「あぁ、だから俺は此処が気に入ってるんだ。」
僕は残りの時間を騎士団本部で過ごした。
長い一日だった気がする。
嫌なことも沢山あった。でも最後は楽しかった。
でも一番気になったのは
やっぱりあの子だった。




