43話 忘れられた民
警備隊事務所の地下にある尋問部屋は一階の待合所や二階の業務場と比べて肌寒く、ジメジメした場所だ。更に奥へ進むと牢屋があり、聖国からの判決が下されるまではそこで取り調べられる。そんな場所で小柄の男と大柄の男が個々の部屋で取り調べが行われてる
「俺はやってねぇ!」
サラさんの問いかけに答える気がないのか、それを上回る声で食い下がる小柄の男ガッへ。怒鳴るような叫びに両手で台を叩く仕草は体格を大きく見せて圧をかけるようにも見える。遠くから見たら猫が威嚇する程度にしか見えないけど
「都内での強盗、脅迫、トラブルに巻き込まれた被害件数は総計32件、死者も出したから帳の影響で更に6件追加と...」
「テメェ!人の話を聞け!俺は被害者だ!バウジが全部やった!」
「被害者ならそんなに怒鳴らないし、言い返す事もないのよ」
全く揺らがないサラさんに焦りが出て、大柄の男、バウジに罪を着せる体制をとった。だがそのあからさまな切り替わりを追求すると、目を逸らして足を揺すり始める
「こんなにあからさまなら、これ以上取り調べる必要もないね」
「バ...バウジだ!バウジがやったんだ!仕事がねぇからと俺を脅して...!俺も被害者だ!やめろ!俺に触るな!!」
その態度が十分な証拠になり、後ろで待機してた警備隊が両腕を担ぎ上げて強制的に牢屋へと踵を引き摺られて行った
「仕事はなくても被害賠償額はもう既に一生遊んで暮らせる量。そのお金は一体どうしてるのやら...」
軽くため息を吐くサラさんを、はわわと憧れの目で見つめるネイト。僕の事は気付かないとばかりにサラさんへ駆けつける
「どこでも人手不足だというのに仕事がないとはね...それで最後は濡れ衣を着せる...か」
隣の部屋まで怒鳴り声が筒抜けだったらしく、言葉を溢したルフォードさん。容疑を擦りつけるガッへとは裏腹にバウジは相変わらず沈黙を続ける。ずっと俯いてルフォードさんの問いかけに反応がない
「長くなりそうですね」
見る限り一人では何もできない男だった。ガッへの言いなりで犯罪に手を染ることに至ったのだと考えると哀れだけど話をしなければ何も進まない。僕も尋問部屋に入った
「彼は最初から君に濡れ衣を着せるつもりだったよ。話してくれないか?僕なら少しでも判決を弱めるようには出来るよ」
帳の影響があるリングレッド冒険都市は一度死者が出ると倍に膨れ上がるから罪は他の都市よりも重い。刑罰を弱める事が出来ても優しくなるとは思えない。人を殺したのは変わりないのだから
バウジに合図を交わすが相変わらず沈黙を続ける。
どうして犯罪に手を染めたのか。これほど恵まれた体格なら指導を受けて優秀な騎士にもなれた。騎士でなくても真面目なところを見ると何処にでも欲しがる人材なはず
(なりきるか...)
犯人との交渉するため、犯行の動機を探るため、またガッへになりきって考えた
(僕はガッへ、バウジが僕の命令に従うには...)
『何やってんだテメェ、さっさとこいつらを片付けろ。仕事を貰えねぇ野郎が家族を養いたいとか言ってたのは嘘なのか!?母国から逃げて来れたのにこんなガキ相手にさっさと捕まりやがって!』
(母国...)
繋がった感じがした
「君、聖王国の民ではないね」
リングレットは多種多様の人達が住んでるから聖国や公国に容姿が似てなくて最初は気づかなかった
「その体格に少し赤みのある肌と橙髪...ゲインズ共和国の者か」
「そんな国があるのか?聞いたことないな」
「はい、竜族の国に隣接する小さな国です。魔王の侵攻でその竜族の国が落ちた同じ日滅びてしまいましたが...」
「...知ってるのか...?」
僕の問いに目を見開き瞳を光らせた
「....オラの故郷を知ってるのか...?」
「資料で何度か読んだくらいだよ」
「知られてるだけで十分だ...忘れられてない...それだけで...」
バウジは少し考え込み、深い深呼吸のあと口を開いた
「...仕事がないのは本当だ。魔王軍の侵攻で命からがら逃げてここまで来た。残った家族を養うにも仕事が見つからねぇ...字が読めねぇからだ...」
何処でも人手不足なのに仕事が見つからないなんておかしい。でもそれは国民だったらの話しだ
「労働だけの畑仕事や鉱山採掘でも読み書きが必須で...冒険者ギルドなら尚更...」
公国の管理の下、西の辺境伯が難民に衣食住を提供してると耳にしていたけどそれだけだ。難民の現状を理解してなかった…いや、眼中に無かったが正しい表現だ
「聖王国はオラたちに炊き出しをやってくれるが、それじゃあ...生きていけねぇ...何処にも前へ進めねぇ...」
*****
ルフィール聖王国で最も多い犯罪は強盗だ。毎月の損害金額は中上位伯爵家の領地一年分の収入
キョーコ様の提案で国民の学力を向上させる為に読み書きを必須にした法律。校舎の増築や無償で平民も通える施設の提供などのおかげで聖王国では皆読み書きが出来るようになった
だが魔王が復活してから70年
キョーコ様の功績が顕彰され、叡智の勲章が授与された時、最強の一族と言われてた竜族の国が遂に魔王軍に破れ、ルフィール聖王国への難民が一気に増えてしまった。あまりにも多い難民の数に、彼らへの教育が行き届けず学力が追いつかなくなった
つまり放棄されているのだ
義務教育のおかげで平民の知識の向上や新たな才能が開花した。だけどその義務教育のせいで教育が必要としない労働作業の仕事でさえも必要になった。それが逆に難民と国民の間の溝が深まってしまったのだ
「だから仕事が見つからない難民は金銭目当てで犯罪に移ったと...」
戻れば魔王軍の支配下、新しい生活に進みたくても読み書きが出来ない者が多すぎる。でも民になれば話は別
「聖王国の民になるには忠誠を誓う必要がある。国民になると仕事ももらえて家族にも教育が行き届く。それを君は出来るのか?」
「もちろん!」
じゃあ聖王国に国籍を変えたらいいのかもしれない
だけどこの聖王国の掟、何故難民は移住しても簡単に国籍を変えないのか
「君の故郷が復興してもか?」
一度国籍を変えると戻せないからだ
ルフィール聖王国から国籍を変えると国の裏切りとみなして重罪、ほぼ国外追放と扱われる。聖王国へ一歩入ろうとすると捕まって牢屋へ送られる。聖王国の国民になるとはそれほど厳しい覚悟が必要だ
「それは...」
押し黙った。聖王国を裏切る可能性が出た証明だ
「その答えで十分だ...」
バウジは仕事を探しにリングレットへ来たが見つからずガッへと会った。ガッへは盗まれた金を取り返す為に力を貸して欲しいと頼んだのが事の始まりだった
恵まれた体格で敵を圧倒。奪われた十五倍の金を「取り返す」と言う名の強奪に成功したのだ
その金額と欲に溺れてガッへはバウジを連れて犯行を続けたのだ。でもバウジの動機はただ純粋に家族を養いたい。その想いを利用されたのだ
「バウジ、もし君がガッへについて行かなかったら別の道を辿れてらかもしれない。もっと綺麗な、人のための道へと。残念に思うよ」
こうして二人の取り調べが終わった
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「聖王国外だと読み書き出来ないやつって結構いるんだな」
「どちらかと言うと読み書き出来る人の方が圧倒的に少ないですね。ルフィールが特殊なんです」
国民になるには忠誠を誓わないといけない。それを躊躇う人が多くいるのだろう
「その忠誠の法を取り除いたら...」
「勇王国が騎士団の大団長を筆頭にまた独立を選ぶだろうな」
「ですよね」
聖王国の忠誠心が必要なのは三国の統一前、公国と聖国が帝国の脅威から立ち向かう為に勇王国と交わした統一の契約
勇者が築き上げた国は勇者に忠誠を誓った者。その忠誠心は代々受け継がれて勇王国にとって一番大切なことだ
『何十年も国民の税で衣食住を提供されてるけど何も国に対して貢献しなくてもいい』
第二王妃様の言葉が過ぎった
貢献しなくてもいい、ではない。貢献したくても出来ないんだ。犯罪率を減らす方法には難民問題が大きく関わっていたのだ。これも全て魔王の侵攻から始まった
全てを解決するには魔王を倒さなければならない。第二王妃様は魔王を倒す事を目標していて僕に意図的に教えてくれたのか
「じゃあ、魔王を倒せばいいのかな」
「急にどうした?」
「難民は皆、魔王軍のせいで来たので」
「...帳の決着も付いてないのに大きく出たな」
「やっぱり無理ですよね」
結局、僕は第二王妃様の問いの答えを間違えたのだ。目の前の問題に集中しすぎて問題の根源を見失ってた。事細かに考えるよりもっと根本的に視野を広げたらよかったのだ
「人員はいるのにどこも人手不足...犯罪率を下げる為に警備を増やしたいけど人手不足だから国王陛下はもっと人手不足の騎士を派遣する...か」
以前ユージンさんもこの問題に手を焼いていたのを思い返す
「いや、増えてるぞ形式上ではな」
「え?」
ルフォードさんは自身を指した
「正確には元騎士だがな」
騎士を派遣したいなら元騎士でも通用する。だから引退した者を集めて人員の確保をした。ユージンさんが抜け穴を見つけたんだ
「やっぱり騎士だったんですね。帳相手に近衛騎士団の奥義を使ってましたし」
「お前には何でもお見通しか。実家に帰った時、防衛総司令官様にバッタリ会ってそのまま暫く捕まってたんだ。今後王都に月に数回行く事になった、まあ俺の仕事が増えただけだな」
警備隊の人員問題は一時的に解決したけど長くはもたない、この先どうするかが鍵になるだろう
考えがまとまり一息ついて目の前の紅茶を飲んだ
「少しお手洗いへ行ってきますね」
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ーネイト視点ー
いやぁ、サラさんは逞しくて素敵でした…憧れが段々と募っていきますね
「まったく、セレナとは真逆ですよ」
ルフォードさん側の取り調べも終わったみたいだし、坊ちゃんも待合室で休憩をとってるでしょうと軽く考えるていつも坊ちゃんが借りてる一室に入った
「あれ?坊ちゃんと一緒ではないんですか?」
「あぁ、席を外してる」
「そうですか…」
取り調べが始まる前に用意した茶菓子も大分時間が経ちましたし、そろそろ取り替えなければなりませんね
「こちらの紅茶をお下げしてもよろしいのですか?全然手を付けてませんですけど」
「それは坊ちゃんのだ」
坊ちゃんが残すなんて珍しいですね…せっかく坊ちゃんが好きなレモン入りのハーブティーだったんですが…




