40話 ギャルは強い
「坊ちゃん、王宮の方は如何でしたか?それにヴィンス坊ちゃんのご様態も...」
「どっちも相変わらずだったよ...ケホッ」
警備隊から来た報告書を読みながらネイトに今日の出来事を話してたら喉が急に乾燥して咳が軽く出始めた
「大丈夫ですか?」
「うーん、ちょっとだけ喉の調子が悪いかな?朝は平気だったのに...」
「冬が近づいて大分冷えてきましたしね。では、喉に効く紅茶をご用意しましょう」
「ありがとう、助かるよ」
報告書を読む限り相変わらず犯罪率は増え続けて、帳が現れるとその日の被害者が倍になってしまう。警備隊は見回りや捜査などを決して怠たらないのに被害が一向に増え続けるのが難題だ
これに限っては現場検証をしながら何度も少しづつ、問題を地道に解析していかないとどうにもならない
「明日また警備事務所に行くから伝達してくれる?」
「分かりました、でもご無理はなさらないで今夜はゆっくり休んでくださいよ?風邪は万病の元なんですから」
「分かってるよ...ケホッ」
警備隊の事はひとまずこれで置いといて、次はフリーダ様の使用人探しだ
「ネイト、誰か思い当たらない?」
「王宮に勤める人ですか...」
フリーダ様の使用人、つまりフリーダ様の身の回りをお世話するだけじゃなく、他の輩から護らないといけない。それに王宮に勤めるには貴族であることが最低限の条件だ
上位貴族だとジェイルス公爵も目に付けられる可能性が高いし、彼等も極力避けたいだろう。フリーダ様は王位継承権を失い、支持しても出世なんて出来ないし、相手からしたら面倒を見るメリットなんて何処にも無いのだろう。ジェイルス公爵の息がかかった使用人でない限り誰も立候補はしない
どちらかと言うと階級とかには興味が無く、周りの上位貴族達から何を言われようと気に留めない人が必要だ
「できれば伯爵家以下の貴族で、階級に興味が無く、周りに何を言われても気にも留めないぐらい強靭な精神で、主人を護りながら世話の出来る使用人...」
「そんな人なんてどこにも...」
二人で考えてると、「あっ」と何かに閃き、段々と複雑な表情を出すネイト
「いますね...とっておきの人が...」
*****
「はいは〜い坊ちゃん、話があるってなんです~?」
「セレナ、突然ですまない」
セレナ・ケレン・フォン・ウッドヒル
代々フローレンス家の側使として貢献してきたウッドヒル男爵家の孫娘、気さくで私意が強く、自信家なうえ策士だからなのかセレナを恐る人が屋敷内に少なからずいる。後ろで隠れてるネイトもその一人だ
キョーコ様の記憶によると強いギャルだとか。ギャルがなんなのか良く分からないけど
「坊ちゃん顔色悪いですよ?少し休んだらどうですか...あっそうだ、母さんが坊ちゃんに会えなくて寂しいって愚痴ってましたよ〜何とかしてくださいよ~」
「僕は大丈夫だよ、それにケレンはカーネリア達の世話で大変でしょ?」
「それもそうですよね、まぁ一応伝えといたので後はそっちで何とかしてくださ~い」
「はいはい、後でケレンに伝えるよ」
「セレナ...またそんな派手な恰好を...いくら坊ちゃんが気にしてなくても、せめて口調だけは正しなよ...それに君はまた他の使用人を泣かせたんだって?君に関する苦情、今月で何件目だと思ってるんだ?」
椅子の後ろで警戒をしながら話を進めるネイト。その光景に呆れたセレナは興味なさげに奇麗に塗った爪を眺めてた
「だって恋愛小説になんて興味がないのよ。推してるキャラが貧弱でダサいって言っただけであんなに泣くのはウチのせいなワケ無いじゃん」
「君はもっと他の人への配慮をね...」
「はいはーい、分かったよお節介さん。そんなトコで隠れてるから何時まで経ってもぬいぐるみ無しで眠れないのよ〜」
「それは今とは関係ないだろう!」
ネイトのぬいぐるみ事情、気にならない訳ではないけど本題に入らないと話が進まない。言い合いの間に割ってコホンと咳払いをして注目をこちらに向かせる
「セレナ、王宮で務めることに興味はない?」
「王宮?」
「でも仕える相手がちょっと複雑な立場にいて、もしかしたらちょっと...いやかなりキツいと思うよ」
「なるほど、訳アリってコトですか」
上位貴族達の集いに男爵家の孫娘が入る。勿論フローレンス家や第二王妃様が後ろ盾になるけど厄介事に巻き込まれるのが目に見える。何年も勤めるとなると精神も相当削られるだろうし
「厳しいかもしれないけど...」
「いいですよ」
説明を最後まで聞かずにあっさりと了承した。嫌な顔を全くせず、むしろやる気満々に満ち溢れてた...いや、何か思いついた顔だった
「でもついでにお願い事をしても良いですか~?」
「やっぱり何か要求してきましたよ...」
身震いをするネイトに唾を飲み込む
「僕の出来る範囲でなら...」
「そんな難しい要求じゃないですよ〜。ほら、王女様の側にいたら出会いがないじゃないですか~?十数年務めるのならば婚期なんてとっくに通り過ごしてますし、契約が終わったら素敵な婿さんを見つけてください~」
予想外の提案だった
「結婚相手...?」
「やっぱり無茶な要求を...!恋愛なんて嫌いだとさっき言ってたじゃないか!」
「失礼な~、恋愛小説には興味がないけど恋愛自体に興味がないって一言も言ってないよ」
今までの心配事が嘘の様に、いや新しい難題を抱えてしまった
「あ〜スッキリした〜!これで母さんから『相手が絶対に見つからない』とか言われずにすむ〜!では今から支度して来ますね〜」
「そんなに早く出なくても...」
セレナはるんるんと飛びながら部屋から出て行った
「やっぱり策士ですよあの人は..ケレンさんじゃなくてどちらかと言うとセビーさんに似てますね...」
「良い相手ね...」
身震いをするネイトを見つめた
ネイト・ジョナー・フィンリー
フローレンス侯爵家の家臣として務めるフィンリー子爵家の次男。家柄も申し分なくてセレナには...
「私はダメですよ!特にセレナになんかには!!私はサラさん一筋なんですからね!」
僕の考え事を見抜いたのか全力で拒否した
「分かってるよ、ただ思いついただけだよ...あはは...ケホッ」
これは先の問題だ、セレナの事は第二王妃様に連絡をとって、ついでに王宮へ移動すると父様とセビーにも報告をと。明日、警備隊に行く為に準備もしないと...あれ?何をしようとしたんだっけ?
「坊ちゃん、大丈夫ですか?顔が真っ赤ですよ?」
「そうかな...ケホッ....ケホッ...」
身体が徐々に重たくなって、咳が止まらなくなった。意識が朦朧とする中、座ってるのがやっとで身体が熱い。ネイトが何か話しかけてるけど何を言ってるのか頭に入らなくなった
唯一頭の中で過ったのはお茶会での出来事
やっぱりお茶会に出た紅茶とパイが良くなかったんだと身に染みた




